ことばのおと 〜さがちゃんの生きてる記録

自分だけの仕事を探して農業したり、NPO勤めたりしたけどなにも見つからず。だったら、なんにもなれないまま生きてみようかと。

この家の卒業、そして今度の家

 

今、はやおとふたり、

6畳と4畳半の一戸建てに住んでるけど

体感として、この家、狭くなってきた。

 

 

なんというか、ほんとうは人を呼びたい。

一緒に鍋したり、七輪でBBQしたりしたい。

これらはやおと二人でやっても

いまいちつまらないし、盛り上がらない・・・。

ていうか、BBQしようって声かけといてまだ呼んでない友だちがいる・・・

呼ぶ呼ぶ詐欺ごめんね・・・今も呼びたい気持ちはあるんだ・・・・m(__)m

 

でも、公共の空間というか、余分な空間がない  (´;ω;`)

この家は、どこもかしこも私とはやおのふたりでいっぱい。

 

いや実際は、

人ひとり座れるスペースくらいあるけど、そういう問題じゃなく。

人を呼びたいけど「この家には」いれたくない。

もう、プライベートなスペースしかなくなってしまった。

 

 

  

まあちょっと前まで

家賃、はやおが払ってくれてるし

この上、引っ越したいなんてそんなこと思っていいのかな・・・

なんて思ってたけど・・・

 

先日、おずおずと言ってみた。

 

 

 私、ちょっとだけ引っ越したいと思ってる。

 

 

 

そしたらはやお、こう言った。 

 

さがちゃん、

言ってるだけで誰かが見つけてくれると思ってるとこあるよね。

引っ越したいってその程度なの?ちゃんと探しなよ。

 

 

え?なに、引っ越したいって思ってもよかったの?

そしてちゃんと自分の希望の物件考えろって言われてる? 

それ分かってないなら、おれは叶えてやれないよって? 

(↑ 言ってない。笑 でもこう聞こえた。)

 

 

 

はやおに言われて、メラメラ火がついた。

(炎_炎)メラメラメラ・・・・・・・・

 

 

 

 

暖かい季節になったらこういう家に住むと

本日、はやおに宣言した。

 

 

↓ ↓ ↓

・玄関が明るい(いま暗い)

・クローゼットがある(いまない)

・居間とトイレの位置が離れている(いま近い)

・部屋は3つ以上(いま2つ)

・台所の作業場が広い、ガスコンロなし(いま狭い、いまのコンロ使いたい)

・居間の中に台所がある(いま別々)

・居間と寝室を分けられる(いま一緒)

・お風呂にシャワーがある(いまない)

・お風呂はガス焚き(いまガス焚き)

・駐車場がある(いまある)

・土の庭がある(いまある)

・日当たりがよい(いまよい)

・夜に歌っても大丈夫な一戸建て(いまOK)

・石油ストーブOK(いまOK)

 

↑ ↑ ↑ こういう家を迎えたい!

そして、このあたりに住みたいって場所もちゃんとある。

土の庭は最悪なくてもOKかもしれない。七輪とか花火とかができればいいかな。

 

 

 

 

ああ

2年前、引っ越して来た時は

この家の物理的な狭さがちょうどよく安全で、

手元になんでもある感じが気にいってたんだけどな〜。

そろそろやりきったから、次行こうってなっている。

 

 

 

意味がわからなかった過去の点々が、1本の線で結ばれていく

 

6年前、まだ大学生だった頃、

授業中にノートに書いたこの詩がすきで

ここにも載せてみます。

 

5限の社会保障法のとき、

授業に飽きちゃって書いた詩。

 

 

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詩全文ーーーーーーーーー

 

「・・・本当に、飽きてしまった授業時は」 

詩 佐川友美

 

本当に、飽きてしまった授業時は、

何をする気も起こらない。

本を読むのも、落書きするのも、

思索するのもいい。でもそれができない。

ただ、そこに時間があることに飽きてしまう。

ひたすら、早く過ぎ、ここから出られることを願う。

頭が重たい。

この石臼を回そうとして、私は力を使い果たし、

結局は、ぐうぐう眠ってしまうのだ。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

いや、社会保障法の授業ちゃんと聞けよ。笑

というツッコミは置いといて・・・ 

 

 

私は授業に飽きたら

授業をBGMの代わりにして

ひたすら思索をノートに書き留めるというような

授業の聞き方をしてました。 

 

 

このノートは

文化人類学の教授に提出した卒業制作の一部なのです。

社会保障法の授業中に制作するなよ(笑)

とまたツッコミをいれつつ、

その時にしか書けなかったんだから仕方ないよね。

 

 

私、なんで日大の法学部入った?と

思うこともあったけど・・・

(法学への興味は入学早々失った)

 

 

それは、

佐川さんのノートおもしろいねと言ってくれた文化人類学の教授や

はやおとの恋愛をサポートしてくれた宗教学の教授に会うため、

その場所として、日大法学部があてがわれたのだと思っている。

 

法学部って言葉だけ考えると意味がわからないけど

会える人にちゃんと会えるなら

場所はきっと、どこでもよかった。

 

 

 

就職という選択を選ばず

私が、おっかなびっくり崖から落ちていくのを

ニコニコして、ただそばで見ていてくれた先生たち、ありがとう。

おかげさまで今があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

やってみて、怒られた方が早い

 

私はいわゆる

要領がいい方ではないし、

1を聞いて10を知るタイプでもないし、

発達障害じゃないかとか親に言われたり、

普通っていう感覚がいまいち掴みきれないところがあって。

 

それで、弟はこんな姉を見て育ってきたので、

怒られることは何か覚えたし、しなかった。

(私、長女です)

 

私は怒られたり、呆れられたりして初めて、

あ、これは普通じゃなかったのかと知る側だった。

 

 

 

だから、

普通の方が愛される、と思ってきた。

 

 

 

小学生の頃、文集に「普通の人になりたい」と書いたけど、

ただ愛されたいと言っていただけだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

怒られ遍歴。

↓ ↓ ↓

 

 

小学5年生の時。

マイブームだったアロンアルファを

椅子の4つ足にくっつけて1時間座ったら

椅子が床から離れなくなり、力任せに動かしたら

教室の床ごとすっぽ抜けてしまって、親を呼ばれた。

↑ 通称アロンアルファ事件。

 

結婚して東京に来る前、

福島でやってた仕事「森のはこ舟アートプロジェクト」で、

100人のお客さんを目の前に、喜多方の活動報告の発表をした時。

 

なにをどう言えば

発表になるのかわからなすぎて

あまりに主観的な発表をしてしまい、

(一部のお客さんには大受けだった)

ディレクターから「佐川さん、あの発表、あれ0点だよ」

と打ち上げの席、みんなのいる前で言われたり。

↑ ディレクターは本気で怒ってるというより、

いちおう立場上怒らないといけなかったから怒ってる感じでした。楽しい思い出です。

 

 

今のバイト、食堂のおばさんしてる時も。

空き時間を見つけると鬼のようにやっていた掃除を

ちょっとずつやめてみて、

ある日、もう少しここの掃除やってくださいと上司に言われたり。

 

 

 

 

 

 

いろいろ経験して

なんかもう、怒られた方が早いなと思っている。

 

普通っていうのを理解したかったけど、

やっぱりよく分からなかった。

 

 

で、それならばと。どうせ普通が分からないならと。

自分を基準にして、

 

やりたくないことはやらない

やってみたいことはやってみる

 

 

を、今延々やってみている。

どのみち普通がよくわからないんだから

なら、やってみて何か言われた方が早いと。

 

 

なんというか、

それでもし怒られたら、落とし所がわかるし、

怒られないどころか、意外とうまくいっちゃうかもしれない。

結果は別にどうであれ、悔いがないし、おもしろい。

やりたいことやった先にある風景を、私は見たいだけだった。

 

 

 

 

 

普通がわからないのも

案外オツなものかもしれないなあ。

 

 

 

業務外サービスやめました

 

出勤もいやだった寮の食堂のおばさんの仕事を

ちょっとでも楽しくしたくて、

スピーカー持ち込んで音楽かけることを始めたけど、

結局、ケルト音楽をかけても、洋楽をかけても、松任谷由実をかけても

誰からもなにも怒られることもなく、

今日は何の曲ですか?と、むしろ楽しみにされるようになった。

それで、遠慮せず大音量でかけるようになった。

 

おー。

いいのか、自分の好きな曲かけても。

(さすがに、チップチューンとか趣味すぎる音楽はかけないが)

 

 

 

それでもう、

食堂のおばさんでもうブログ書くような話もないかな、

と思ってたけど、まだあった。

 

いつもいつも

イラっとしてしまうことがあった。

 

 

 

 

 

 

それは、最後に食堂に食べに来た人が、

テレビを消さずに帰ること。

(自分が最後かどうかはわかる、という状況) 

 

 

消していけやーーーーーーーー!!!!!!!

(# ゚Д゚) ムッカー

 

 

 

と毎度毎度思ってたな。笑

ときどき、あっ!(テレビついてる!)とか声が漏れてしまって、

何ですか?と訊かれて、テレビ消してってもらっていいですか?

ってやりとりをしてた。

 

顔がこわい人には言わなかったけど、

やさしそう、この人なら言えそうって人には、

すいませんテレビ消してってもらっていいですか?

とか、そういうやりとりもしてた。

 

そして、

なにも言わずとも消して帰ってくれる人には一目置いてた。笑

 

 

 

食堂のおばさんは

あったかくておいしいごはんを出す。

厨房は掃除する。

 

けど、自分らでつけたテレビは消してってほしい。

それは業務外だと思っている。

 

最後食べに来た人がいなくなってもついてたら

私が消してたけど、

リモコンをテレビからいちばん離れたテーブルに置いて帰るとか

そういう意地悪をしてた。笑

 

食堂のおばさん始めた頃は、

お母さん的な心を発揮して「もう仕方ないわね」と消してたけど、

それもなんだか無理になってしまった。

 

 

 

 

それで、今日も最後の人が消して行かなかった。

 

消せや!(# ゚Д゚) ムッカー

 

だったけど、今日はなぜだか発想の転換ができて。

 

 

そうか、私が消さなきゃと思ってるから嫌になるんだ。

イライラするんだ。

だから、私も消さずにそのままにしよう。

それやってみよう。

 

 

 

 

ということで、今日はテレビ消さずに帰った^^

知らんしと思って帰った。

食堂には人の出入り自体はあるから、誰かが消すだろう。 

 

 

 

これでどうなるか、しばらく様子見る。

怒られたら、またその時考えよう。

 

 

 

はやおからもらったジュエリー

 

はやおがちょっと前、

「腕時計はジュエリーと一緒のジャンルにされることがある」

って言ったのを、私はずっと勘違いしていて。

 

 

え!腕時計ってジュエリーだったのか!

私ははやおからジュエリーもらったことになるのか!

おおお!うれしい!

 

わーいわーい。

 

ってずっとずっと思っていた。

今も思ってるけど。笑 

 

 

 

 

ジュエリー ↓ ↓ ↓

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ユンハンスというドイツのブランドの時計。これはやおに買ってもらった。

 

 

で、先日

腕時計ってジュエリーなんだとより思いたかったのか

「腕時計 ジュエリー」でググってみた。

 

そしたら、なんか・・・・あれ?

腕時計・ジュエリーなんちゃらっていうのは出てくるけど、

「ずばり腕時計はジュエリーです」とはどこにも書いてない。

おかしいな。

 

そこではやおに、

腕時計ってジュエリーじゃないの?と訊いたら、

 

ジュエリーって言ったら宝石じゃん

時計と宝石はちがいますよ

 

と返ってきた (´;ω;`)

時計はジュエリーじゃなかったのか。

 

 

なんかなあ、ジュエリー買ってもらう=

レディーとして扱われてる、大事にされてるみたいな。

私の中にどうやらそんな構図があったらしい。

今まで知らなかった。

 

指輪とかネックレスには興味ないのにな〜。

 

 

まあでも、好きな人から女性としてというか、

レディーとして扱ってもらうことは、

とにかく、とてもうれしいことらしかった。

 

私は今まで変人・不思議ちゃん扱いも多くて、

それも面白かったから別にいいんだけど、

やっぱりレディーとして扱われることも、とてもうれしい。

 

 

そこで、はやおにこう言った。

はやおからジュエリー買ってもらったと思ってたんだよ〜

そう思ってた方が(都合が)いいんだよ〜(´;ω;`)

 

 

定義は好きにしな

と言われたので、時計=ジュエリーにしとく。笑

 

 

 

 

そんで、はやおも最近自分用のジュエリー買った。

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ノモスってブランドの時計、これもドイツ。

 

これを撮る前日の夜に、

明日仕事行く前に、スーツ姿で時計つけた写真撮らせて

とお願いしたくせに、この時私はまだ寝てたので

おれ行くよ?写真撮らなくていいの?と声かけてくれた。

やさしい。

 

はやお、時計って自己表現だねと、

これブログに書いていいよって言うくらい、

毎日うれしそうにしてる。

 

 

よかったよかった^^

 

 

 

裸の人に、惹かれます

 

前回の記事を省みて、

sagawatomomi.hatenablog.com

 

今後、自分の話を聴いてもらって、

その上でなにかアドバイスほしかったり、

なにか言ってもらいたい時、

臨床心理士に聴いてもらうって選択はないな〜と思った。

 

もし今後、子どもが生まれて、

その子が学校に行かなくなったりしても、

どっか知らない臨床心理士のとこ行くってことはないな。

 

 

もう自分の経験から、

資格持ってるだけのよく知らない人に、

自分の大事な話は任せられない、聴かせられない、

くらいに思っている。笑

 

もうもう

臨床心理士の資格が示すのは、

時間とお金つかって、

サボらず大学院行きましたってことくらいにしか思えていない。

 

 

 

そんで今、別になにも悩んでないけど、

もし今後、誰かに背中押してもらいたくなったら、

こういう人に話聴いてほしいな〜と思っている。 

 

ふじこちゃん

 

子宮委員長はるさんのブログから、ふじこちゃんを知った。

ふじこちゃんは普通に働いてきたのに、

48歳で風俗の世界に初めて飛び込んで、

それブログでカミングアウトした人( ̄□ ̄;)!!ヤバイスゴイ

私はすごいとしか思わなかったけど、いろんな意見があったらしい。

 

なにがすごいかって

臨床心理士の資格は

持ってるなら持ってるって言えるけど、

風俗やってるはなかなか公言できないからすごい。

(そこかい!)

 

そして臨床心理士は、

風俗やってても浮気してたとしても

そんなこと自分から言わない。笑

 

 

ふじこちゃんは風俗のことも含めて、

こわかったこと、かなしかったこと、

うれしかったこと、びっくりしたこと、

ダメダメな自分のこと、親とのこと、

自分から見せていってるのがすごいな〜と思う。

自分から脱いで裸になれる人。

そして、裸の自分を楽しんでいる人。

 

ふじこちゃんのブログ最初から全部読んで、

お会いしてみたいと思ったので 

ふじこちゃんにただ会いにいくためだけに、

ふじこちゃんのお話会にも行った。

(リンク先はふじこちゃんのブログです)

 

ふじこちゃん見てて、

風俗やってても、娘さんに不登校の時期があっても、

何やってても、別に普通だよなと思った。

ただそういう不都合に取られがちな普通は、

みんな言わないだけで、隠してるだけで。

ふじこちゃんはそれ言ってるだけで、

それを楽しんでいるだけで、普通の人だった。

 

ふじこちゃん、すごい人で、普通の人だった^^

 

 

 

で、これ書いてて、

私の小学生の頃の夢、普通の人だったのも思い出した。

 

普通をググってみたら、

「いつ、どこにでもあるような、ありふれたものであること」と出た。 

 

大きくなって、そんなものになってたまるかと

ずっとそれを払いのけてきたけど、

臨床心理士にケチつける普通の人だった、私も。

夢ひとつ叶ったな。

 

 

 

ふじこちゃんのお話会で飲んだウインナーコーヒーおいしかった。

カップとソーサーがかわいかった。

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おいしい?と私に聞いたふじこちゃんが、すてきだった。

 

 

 

 

【臨床心理士】私ばっかり裸にさせやがって

 

大学生のころ、バイト代はたいて、

週1回1セッション45分に、1万円かけて

とある施設の臨床心理士に、話を聴いてもらいに通っていた。

大学2年の秋から行き始めて、大学卒業する間際まで行った。

 

その心理療法は、サイコセラピーと言った。

 

 

あの頃は、自分の都合で休みますとか言えなくて、

約2年半、皆勤賞で通ったけど、

あの人らは少なくともセラピー中は、

自分の弱みとか、しょうもないとことか、私に見せなかった。

 

大学卒業する頃、東京から出て福島行くんで

先生とのサイコセラピーやめますと言ってやめた。

その後1〜2年は、おかげで成長できた、

自分の感情よく分かるようになったと感謝しきりだったけど、

ここ3年ばかり、

よくも私ばっかり裸にさせやがったなと怒りが顔を出すようになった。

 

ムカムカ、ムカムカ・・・・×100

マジでムカムカ!(っ`Д´)っっっ )3 `)・∵.

 

 

クライエントの私ばっかり弱み言って、ダメダメで、丸裸で。

でも、臨床心理士はそういうの私に見せず、

いつも私の向かい側に、すかして座っているばかりだった。

(それ、別に当たり前じゃんとも思いつつ)

 

なんかなあ、ほんとに人間に聴いてもらってたのかなあ、

臨床心理士って資格に向かって話してただけだったのかもなあと。

自分でも不思議なくらい、そのことに怒っているし、

恨みもあるし、かなしいし、がっくりもきている。

一言でまとめるとムカムカ。笑

やめてから1年2年は、あれほど感謝してたのになあ。

 

 

全部、私の問題として返されるのもいやだった。 

なんかH先生って冷たくて怖いですとか言っても、

えーそんなことないよ、そういう風に思うあなたに問題があるよ、みたいな。

H先生の私への関わり方は、

私の手が届かない安全な場所から決して降りてこず、

臨床心理士スーツ着込んだまんま、決して裸にもならず、

人を棒でツンツンつつくような、そんな風に見えた。

(あ、冷たいってそういうとこだったのかな)

そんで、いっつも賢そうだった。

私ばっかり裸になって本音言ってわめいて、バカは私だけ、みたいな。

 

そんな小さなことがたくさんたくさん積み重なって、

話を聴いてくれた感謝も確かにあったけど、

同じくらい絶望や怒りも隠れていたことに、

気づかなかっただけかもしれないなあ。

ここ3年で、ようやくそれを見つけてやれた。

 

 

 

それでも1回だけ、臨床心理士のこと、

「わあー!私と同じ人間だった!」って思えた出来事があった。

 

 

東日本大震災のあの日から数日経って、

私が福島県出身だからか心配して、施設の臨床心理士のK(女性)が、

わざわざ電話をくれた。

 

ちょうど、ばーちゃんが死んだことが判明したばかりの頃で、

祖母が津波で亡くなりましたと言ったあと、私は号泣してしまった。

祖母が死んでから泣いたのはこれが初めてで、泣きやむことができなかった。

 

で、私があまりに泣いてばかりだったからか、

「あなたより辛い人はいっぱいいるんだよ!」

とKは私を叱咤して、しまった!とばかりに口をつぐんだ。

 

その時は、別になにも思わなかったけど(ビクッとはした)、

時間が経ってから、

「えーーーあのタイミングで私にそれ言うかーーー?」と、笑った。

なんだか、ホカホカと笑ってしまう思い出として、それは残った。

 

K先生なあ、臨床心理士としていつもピシッとして、

かっこいい女性として決めてたのに、

いらんこと言っちゃった!って、慌てて口をつぐんだりもするんだな。

そんなK先生の素が、裸が、ちらっと垣間見えたのがうれしかった。

私と同じ人間だった。

  

 

 

そしてもし、そんな瞬間がたくさんあったなら、

私がムカムカすることもなく

臨床心理士としてのK先生としてではなく、

ただのKさんに、私はまた会いにいけたかもしれないなあ。