ことばのおと

落ちてこぼれた一人がひとり。拾った音を煮詰めたら、なにが書けるんだろう。

恐山に行くー津波で亡くなった祖母のこと、そののちのこと。

 

1年くらい前に、私が東日本大震災で体験したことを記事にしました。 

sagawatomomi.hatenablog.com

 

福島県いわき市、豊間海岸にほど近い距離に住んでいた祖母が、たぶん津波で亡くなったこと。

 

(たぶん、というのは地震の際心臓発作で亡くなったかもしれず、死因が特定できていないから)。

 

 

これに続きがあるとは思ってなかったのですが、今年はたまたまバイトが休みになって、3月11日に祖母のお墓参りに行けたり、9月にもまたバイトが休みになって恐山に行く機会をもらえたりして、続きを書いてみたくなりました。

 

申請してないのに、なぜか休みになるバイト。ありがたい。

 

今年の休みは3月11日は日曜日で、土日続けて休みって申請しないとまずもらえないのに、なぜか休みのシフトになったり、恐山行きのときも4連休(これもまずない)がもらえる不思議。

 

 

なんで恐山かって、前から興味はあったのです。

2015年に福島県NPOで働いてた頃、NPOのFBで「死んだ人の言葉を伝えるイタコに会いたいなあ」って記事を書いてました。イタコの存在は知識として知ってはいて、興味があったのです。

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 2015年当時は、もうこの夏行くぞ的な意気込みで書きつつも、なんだか行動できない感じもあって・・・

 

それが3年後、2018年の今年は、4月に青森の友だちに会いに行って、なんか青森の土地が近くなったような感じがして(そのとき行ったのは、弘前とか十和田で、恐山がある下北半島には行ってないけど)。あ、青森ってこんな簡単に行けるんだねって、道がつながった感じがありました。

 

 

そんで、桜井識子さんという方も去年くらいにネットサーフィンで知り、好きでよくブログ記事を読んだり、本を読んだりしてて・・・・

ameblo.jp

 

え!

 

恐山てイタコに会わなくても、その、宇曽利湖ってとこに行けば死んだ人と会えるの!?!?!?!となったのです(衝撃)。

※詳細は『神様が教えてくれた金運のはなし』って本にあります。恐山と金運は特に関係なく別立てで書いてありました。

 

 

恐山は5月1日〜10月31日に開山で、それを逃すともう来年を待たなきゃいけないから、待ちたくない、もう今年行こう、バイトも休みになったし行っちゃおうってなって行ったのです。

 

はやおに行ってくるねって言ったら、交通費の4万円もらいました。はやお仕事が超・超・超いそがしい時で、連日0時すぎに帰ってきてるのに、お前はいいよなとか俺のことしろよとか、そういうこと一言も言わずに行ってらっしゃいとお金くれた。

 

(もう本当にありがたくて、持ってるシャツ3枚全部アイロンかけて、風呂も洗った!)

 

 

行く前日も、電車の情報とか調べるのもめんどくさくて、行って無駄足になったらどうしよう、何も感じなかったらどうしよう、あー落ち着かないとそわそわしてたら「おばあちゃんに会うんだもん、当たり前でしょ」と声をかけてくれた。

 

こういう時のはやお、ただただこの人すごいなと思って感動する。私のやることを、私よりも信じてくれる。それって別にはやおに確認してないから、私のまったくの勘違いかもわからんけど、たとえ勘違いでもかまわない。

 

 

 

前日の夜は、はやおとたこ焼きをしました。たこ焼き食べたかったのと、なんか知らんけど、祖母に会うのに楽しい記憶を持ってきたいと思ったのです。

  

 

ぼくは人に関心があるー橋本久仁彦さんの視界から

 

先月、「私は人に関心がない」という記事を書きました。 

sagawatomomi.hatenablog.com

 

その中で「人に関心がある」という感覚が、本当にわからないから、それを言った私の憧れの人にいつか聞いてみたいと書きました。

 

いつかじゃなくて、もう先月に、その方に聞きました。

 

そしたらやっぱり、よかった。いいなあ〜と思う言葉が聞けた。

 

橋本久仁彦さん。

 

大阪在住の橋本さん(60歳・男性)は、高校で「教えない授業」や、大学でカウンセラーなどをしたのち、現在は縁あった方と円坐や影舞などの、人と関わる活動を西日本中心に行っています。

 

※ちゃんとしたプロフィール・橋本さんのサイトに飛びます→http://enzabutai.com/profile.html

 

 

28歳の私と、60歳の橋本さんの視界はあまりにも違いすぎて、すべては理解できないけど、それでも私の一生の財産になるような言葉だなあと思ったので、これは残して時々読みたい、そんで縁のある人に読んでほしいと思って、やりとりした時間(30分くらい)を文字に起こしました。

 

 

私にとって、憧れの人というか、老師というのか、いつまでも生きていてほしいなあと思う人です。この人がまとう空気を学びたくて、時間と場所を一緒したくて、4年前私が福島県で働いていた頃から、ちょいちょい大阪行っていました。

 

 

 

見出しの赤字以下から始まります。

たいへん長文なので、読みやすいように赤字で見出しをいくつか入れました。

 

 

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2018年8月30日、東京のGさんの家

数名の仲間うちで集った、とくに目的もない寄り合いのような場で。

 

私、人に関心ないわ。じゃ、何に関心あるって言ったら自分のことですよ。

 

佐川

「私ちょっと、くにちゃんに聞きたかったことがあって。くにちゃんが『俺は人に関心ある』って言ってて、で、前に仕事辞めたときにノートに自分の大事にしてるもんいろいろ書いてって、最後に残ったのが人だったっていう話も覚えてて。私、無意識に自分もそうなろうとしてたとこがある」

 

橋本さん

「人が好きになりたいと?」

 

佐川

「人に関心あるっていいな。だから円坐とかもできるんだと思ってた。でも私は最近、人に関心ないって言った方がすっきりしちゃう感じがしてて。でも、さっきTさんのことは気になって。個別個別でこの人気になる、みたいな人はいたりするけど、人に関心があるっていうのはよくわからない。だったら私ないわーって言っちゃえる感じがある。人に関心あるっていうのを具体的に聞いてみたいです」

 

橋本さん

「いま、さがちゃんの言葉の中で辿ってていちばん力があるのは『私、人に関心ないわ』。言っててもすっきりしてるでしょ。そこが大事ね。私、人に関心ないわ。じゃ、何に関心あるって言ったら自分のことですよ。自分には関心あるね。はやおさん(佐川夫)とどう付き合っていこうかなあとか、子どもどうしようかなあとか。自分のことはめっちゃ関心あるわけだ。でも、人に関心って言われたらないな。他の年寄りの先輩方の話聞いてもへ〜と思う感じで、あんまりピンと来なかったりするじゃない」

 

佐川 

「ときどきあるかな。ときどき、よくわかんないってときもあるし、わかるときもある」

 

橋本さん

「基本そこでよくて、さがちゃんは今自分の探求してるじゃない。子ども持つのかどうすんのかとか、いろいろ自分のことで考えることいっぱいあるね。私どう生きればいいんだろうっていう風に思うじゃない。私とこの社会と、どう関係つければいいんだろう。私とはやおさんとどう関係つくればいいんだろうとか、よそは離婚してるけどうちは大丈夫かしらとかいろいろ思うじゃない。で、そういう自分を考えることで心はスペースいっぱいなんですよ。それはそれでぼくいいと思っててね。で、ぼくはこれから嫁さんとどう生きようとか考えることないのね。うち、子育ても終わっちゃってね。これから仕事どうしようかなーとか、家借りるならお金いるなーとかって話もないわけ。家、おかげさんであるしね。いま気になってんのは登記どうしようかなってくらいだ。お袋の名前になってるから俺にせなあかんのだけど。兄弟がいまいち歩調が揃わなかったり、そのままにしといたろかなーって思ったりとか。ま、考えたら悩みって今それくらいのもんだ。あとは俺とフェンスワークスの関係ってどうなってんだろうってのがちらっと。で、あとは、あんまりずっと毎日考えるようなことがないわけよ。おれどうしようかなーってのがあんまない。あんまりないっていうのはどういうことだ。なんか、Sが呼んでくれたからまた行こーみたいな。なんにもないところで来てるわけだ。ここへ来るのも、Gの『今のくにちゃんを聞きたいから楽しみにしてます』って言われたら、一応その言葉を信じるから。そうか。楽しみにしてくれてるなら行こかなって思うわけじゃない。そん時に、ここでもらえる謝金はどれくらいで家のローンにどれだけいるかなーとか、嫁さんが金持ってこいっていうからここでもうちょっと持って帰らなあかんかなーとか、そういうことを悩まなくて済んでるわけ。しかも60まわった。60まわってみ〜いっぺん。想像つくまい」

 

60まわると・・・教えたろか?先ないって感じすんねん。

 

佐川 

「(自分の年齢の)倍だからなあ」

 

橋本さん

「きみの歳からしたら60まわってる奴なんてもう死んでるやんて思ってるやろ。終わってるなこの人って」

 

佐川 

「そこまでは思ってない」

 

橋本さん

「でも大分思ってるね(笑)。60まわったらこんなんなんねんなーみたいに、遠いじゃないですか。60まわると・・・教えたろか?先ないって感じすんねん。うちの親父は早う死んでるし。なんとさくらももこ53で死んじゃった。ショック!53で死ぬんかーい。いろいろ描きたいこともあったろうに、値打ちのある人が死んでねえ、おれは60になってどうするよーと思ってる時に。若い時みたいに本書くとか大学教授になるとか、社会的に有名になるとか、若い時ってそんなん夢に思う時あるじゃない。課長になるとか部長になるとか。男はあるわけよ。はやおさんに聞いてごらん。出世しようと思ってるかどうか。どの程度お金儲けたいと思ってるかとか、ええ車ほしいと思ってるかとか。おれ、ほしい車もないわけよ。あと残り人生着々と減ってる。どうしようかなーとかって思っている空っぽな感じね。やろうと思うことはぜんぶ若い時の昔の記憶の中に、うしろへ過ぎ去ったわけだ。60まわって、おれ健康診断も行ってないんですよ。何人かの人に勧められた、人間ドッグ行きなさいとか言われたけど、結局、弟の話聞いたりしたら、こわーとかって思って。無理やり飲まされたりとか、いやで行ってないの。いつまで生きるか、ぼく強い自信持ってるわけじゃないの。28でね、残りの人生考えてカウントするってないじゃない。そんなこと考えずに今から子どもつくろーって思ってるわけだから、10年、20年、30年は生きるつもりで考えてるでしょ。その感覚がぼくないんですよ。いちばん近いのは去年死んだお袋の顔とか、ぐらい。ああ俺もお袋のそばにおるなあとか。仕事さえ、死者のところに行って、広島の原爆のところへ行って仕事したり、そういう仕事になってるじゃない。がんばる先があんまりない感じなの。体を安楽にさせるためにいい家がほしいとか、あるいは肩書きとか、ちょっと有名になってみたいなとか、おれの仕事みんな認めろよーとか、そういう感じが薄れてるの。40代くらいの時はおれあったわ。この大学あほやな。おれを使えば大学変えれるのにって。すげー傲慢だけど自信があったんですよ。おれはやれるってね。そういう気持ち、60まわるとね、枯れちゃった」

  

人が好きっていうのは、愛していますじゃなくて、かけがえないなーこの人っていうかね、どういう感じでしょうかね。あんたが好きではないですよ。

 

佐川 

「枯れる?」

 

橋本さん 

「日頃ずっと思ってるようなね、思いは実現するみたいなのあるじゃない。引き寄せの法則みたいな。あれなくなったわ。引き寄せなくても、おれ引き寄せられていってる感じがあって。もうすぐデッドエンドが見えてるでーみたいな感じなんですよ(笑)。 あーこのままなあ。まあまあこんなもんかーと思って。一応娘もちゃんと育ったし。息子も一応まともに育ったし、まあいいかーと思ってね。で、ぼくの問題意識はどう死んでいくかっていうところにあるの。ひとりで死んでいくのは間違いない。だれも一緒に死んでくれんからね。ぼく先の方に何かがある感じがないわけ。もう結婚もない、子育てもない、家もっぺんつくるもない。むしろどっちかと言えば、家どう処理するかだ。おれが死んだあと。あの大阪の家ね。登記しとかんと娘が苦労するのかなあと。娘が一所懸命、ぼくの兄弟にね、印鑑証明もらいに行ったり。これは大変だなー、おれの代にしといたらないかんなーって思うけど、腰が重くてあんまり動けない。自分がいなくなったあと、どうするかってのが気になってる時なのね。で、そういう状況のぼくを呼んでくれる人がいる。くにちゃんの話すこと聞きたいと、Sとかね、呼んでくれたりする。で、そこでSを通じて何人かおもしろい、おもしろいっていうか、会ったことない人らが来てて。そしてそういう場だからこそ、今まであんまり人に言ったことないんですけどって、人に言ったことない話をする。人に言ったことない話っていうのは、人がそれを聞いても、ぜんぜん喜ばんていうか、プラスにならんていうか、自分もそう思うので誰にも言ってない話。別に言わんとお墓まで持ってった方が世の中のためじゃないですか、みたいな話をポンと置いてくれたりするわけだ。自分の中の死んだことにしときたい部分とかね、ほんとに死んだ人の話とかね。そういう話聞く時に、ぼくは・・・なんだろ。なんも先に予定なくても、人生ほとんど終わってる感じしてるのに、だからこそそういうことしゃべってくれて。その人らも、その話の中では先に希望とかないわけですよ。こんなことがあって別れてしもたんですとか、ほんとに暴力ふるってやめてしまいましたとか、こんなこと言いたくなかったけど、いま言いたくなっちゃいましたって。そんな時に、一瞬でも生きてんねなっていうか、そうやねっていうか、なんぼカウンセリング受けたりしても関係なく起こってしまう大変なことを、ひとりで引き受けて生きてきたわけじゃない。そういうの見た時にぼくちょっとね・・・・あの、感動するの。いいなあ〜と思って。ぼくもその人のこと好きになっちゃって。そういうこと言ってくれたら俺たちの仲間だねっていう言い方になって出てきちゃうの。もう、もう、最低の状況だ。言わるにも言われない、どうしようもない経験してきて、という時に、なんかこいつ信頼できるなあって。自分に余計な自信とか、私は自己信頼がありますとか、自分で自分のこと肯定していますっていうこと、諦めちゃってる人。そのつもりでやってきたけど大失敗でしたって、凹み切った人。凹み切ったっていうか、自分にそんな夢を持ってない人。この言い方でいいか?そういう夢持ってない、そのままの姿のこと言ってくれるわけ。例えばKさんていう人はね、トイレどこですか?って、相手がそれ丁寧に答えてくれるだけでもうれしくて。その人は泣いたんだなあと思いますよ。そんな話聞けるわけだ。それがぼくね、ジーン・・・とくるようになったの。そういう話ってのは、あるじゃない。交通事故とかでぜんぜん身体動かなくなって、ずーっと長年病院にいた人が、リハビリがようやく成功して10年ぶりにトイレに向かって自分の足でいっぽ歩いた。歩けました!っていう風にして、泣くじゃない。あるいは、ヘレンケラーとかそうだね。わーわーわーとかしか言ってないのにある時、ウォーターとかっていうの教えてもらって、人に話通じた時に全世界が変わるくらいびっくりして感動してありがたかったっていう。普通にやってるただ一つのことがめちゃめちゃ感動したっていう。そんな感じがそういう人たちの間で、ぼくあるの。ああほんとだなーっていうかね。なんていうのか、ただこうして話ができるだけでもいいし、Sのグループの案内をどっかで聞きつけて一緒に座ってくれただけでもなんか、ありがたいなあ〜・・とかって思って。しかも全然いいかっこせずに自分の素のままでいて、ああ来てよかったですなんて言ってくれたりしたら、どんだけうれしいか。素のままでいるだけなのに、ありがとうございますって向こうから言ってくれて、おれがもらってる感じになる。人が好きっていうのは、この感じとセットになってます。人が好きっていうのは、愛していますじゃなくて、かけがえないなーこの人っていうかね、どういう感じでしょうかね。あんたが好きではないですよ。ようこそ来てくださいました、ありがとうございますほんとに、もったいないねーっていうような言葉だね。よう友達になってくれましたっていうか、なんていうのかな、貴重だったり、かけがえなかったり、すぐ家来てよって言いたくなる。泊まってってよって言いたくなるような」

 

佐川 

「そういう言葉とか気持ちを向けていただいたら、私も関心を持てるような感じはあるんですけど。まあ、どっちが先って話でもないとは思うのですが。そういう言葉とか気持ちをいっぱい見せてもらったから、関心を持つようになったのでしょうか。関心を向けるからそういう言葉をもらえるのかな」

 

橋本さん 

「両方だね。おれの方はていねいに人の言葉辿っていきます。そしたら向こうの方も徐々にそういう話をしてくださる。で、ぼくが聞くというよりは、その時にタイムリーに本気でしゃべっている人に応じてしゃべってくれはるから、そういう場面をぼくが一緒さしてもらって、それで聞くことができたっていうのがあるでしょうし。・・・けっこう大事な質問だったね。さがちゃんのいう『ちょっぴり感じるところの方向性』でいいと思いますけど」

 

佐川

「この人、気になるなー、とか?」

 

心がちょっと痩せちゃってね。服がガボガボになっているような感じ。そこへ相手の人が入ってこれるんだね。

 

橋本さん

「さがちゃんは同時にセットになってるの、自分の欲みたいなのが。ぼくの方は自分が役立たずになってきて、他の人のことをすげえなつかしく思うようなスペースができているってことなの」

 

佐川

「くにちゃんは?」

 

橋本さん 

「うん。心がちょっと痩せちゃってね。服がガボガボになっているような感じ。そこへ相手の人が入ってこれるんだね。自分のこと一所懸命考えているとき、どうしよかなーっていうときは相手入ってこないので。この状態で相手のこと好きになるっていうことは、ぼくが好きなんだ、っていうことになっちゃうと思うの。ぼくはあなたのこと肯定していますよ、尊敬していますよって自分が言う感じ。わかるかな?昨日誰か言ってなかったっけ。感情っていうのは変わるって」

 

Gさん 

「うん。若いころ、恋愛とかして人を好きになると、ぜったい嫌いになる、みたいな話をしてて・・・」

 

橋本さん

「あ、感情変わるからね?ザッツライト、その通りです。自分が好きっていうのは、必ず嫌いなのと裏表なので。相手が意に沿わなくなれば嫌いになります。そういう好きっていうのを若い人は使ってるから、ここでおれ・・年寄りがいう好きっていうのとは、やっぱり同じ日本語じゃないんだよね。これ難しいとこだな。自分がちょっと滅んでもらわないとね。ほんっとに、人がそばにいてくれるってありがたいことです。利害なしに。若い人は、やっぱりぼく利害関係だと思います」

 

佐川

「どっちがいいとか悪いとかじゃ・・・」

 

橋本さん 

「ないです。若い時は自分でつくっていかなあかんね。子育てだったり。自分でつくりあげて実現したいものがあるわけよ。人からうしろ指指されないような社会人としての生活とか、夫婦生活とか。自分で自分のこと笑わなくて済むような生き方っていうか、あると思うね。自分で自分に納得したい、わけだね。ちょっとくらいヒントになってるかな?」

 

佐川 

「わかる感じがします。服がガボガボなってるとかは、わかる」

 

きみが60になった時、おれはもうおりませんから。ああくにちゃんが言ってたのこの感じかっていう、そこで出会おうじゃないか。

 

橋本さん 

「そこでわかるか(笑)。なんかねーだから例えば、Kさんもそうだし、Yさんもそうだけど、大失敗してるわけよ。大失敗というか、ほんとにもうおれはダメだっていう経験をしている。そこを抜けてきた。ああ好きだ、自己一致して、共感して好きだ、愛していますっていう表現ではないんだよね。ああ、かなしいなあって感じ。みんなかなしいなあっていう、そういうところへ来てるんだなあ。自分との同一性みたいなの感じるの。同じだなあっていうか。頑張ってしかも思うようにならへんかったんやなあっていうかね。その、歴史的事実の重みみたいなの聞けるわけですよ。そこにおれ、共感じゃなくてね、諦観ていうの?諦めの感じみたいなところで結び合う感じがあって。ダメであればダメであるほど、かなしいなあっていう。ぼくは全然ちがう種類のダメな経験を持ってるんだけど、つながるなあって。思うようにならないよね。世の中無常だなっていう。永遠に続くものがないねーみたいな。そこをほんっとに肚落ちする実感として共有できるので、それ以上その人のことを知る必要なくて。うちこいよ、泊まれよ、山でも登ろうか、みたいな風に。あとの生き方は全部、諦めた感じの。明らかにみるとも一緒なんですけど。自分にとっての生きてきたよっていう気持ちと共に、その人と何をやってもなつかしいの。そういう関係性っていうのは、ま、人生後半で来るはず。そういう気持ちになれるように人生前半は野心に満ちて思いっきり、とことん自分に尽くして、ほんとうに自分に絶望・・・するって言い方は変か。ほんとうに最後の最後まで自分の可能性にかけて頑張ってみるべきだな。で、大成功して松下幸之助みたいになったとしても、ちゃんと「老い」というものがあって。目ぇ見えへんようになって、口も聞けへんようになって、入れ歯になって、ね。出物腫れ物ところ嫌わずでトイレも近くなっちゃって。思いついてた素晴らしいアイディアを産み出してた頭も鈍りはじめて。社長、そのアイディアこれでもう5回目ですけどと言われ、ガーン!とショックを受けたりして、滅んでいくわけよ。で、そのうち奥さんまでそうなったりして。老老介護とかをしたりしながら、こんなことするために生まれたわけじゃないって、きっと思うはずですよ。おれの人生これで終わるのかって絶対思うはずです。で、その時に、自信がなくなるの。どうしようっていう風にね、不安に迎えられるわけだ。もう時期終わりだなっていう。という人と向き合った時の、なんかね、共鳴する感じ。きみ、28?なかなかなかろう。で、きみが60になった時、おれはもうおりませんから。ああくにちゃんが言ってたのこの感じかっていう、そこで出会おうじゃないか」

 

佐川 

「えぇー、いないんですかー・・・・(泣)」

 

消えかけてるような命なのに。よくこんな細い命で出会えたねっていう、この値打ち、ありがたさが。

 

橋本さん 

「ぼくがTさんのこと好きっていうのも、アイラブ、じゃなくて。お互いよく、壊れてここまで来たもんだね、あと少し一緒に行こうやみたいな、そういう感じ。よう会えたもんだ、みたいな。会わずに終わるのも多いのにね。よくよくここ来てくだすった、みたいなね。なつかしーい感じがあるの。相手を愛して、ぼくの愛を感じてくれて、あなたに愛されて私は幸せだって言わせたいためではなくて。なつかしい、よく会えたね、会わなくてもよかったのに、って。消えかけてるような命なのに。よくこんな細い命で出会えたねっていう、この値打ち、ありがたさが。バーって光ってる人に別に会う必要ない、おれは。そんなに光いらんし。そんな輝いてる人に会わなくていいんですけど、枯れかけてまだ死んでないっていう人、道端で生きてたこと誰も気づかずに死んでいくみたいな、そういう状況っていうのが自分と重なるので。自分にとってはすごく、近いもののように思うんだね。で、それはミニカンとか円坐とか、縁坐舞台することで評価されてきてるし、ミニカン、縁坐舞台というのもそういう人たちと一緒にやるために整備してきている。プレイバックシアターとかはお葬式でできない。縁坐舞台、影舞はお葬式でできますからね。そういう風に変わってきている。もう参加者いなくてもおれワークショップできるようになってきた。その場所があればね。呼んだ人と、呼んだ人の心根があれば、ふたりでやれる」

 

佐川 

「ちょっと今、まだ全部は理解できないんですけど・・・」

 

橋本さん

「理解しなくていい。ぼくの言ってること、まーんまるのなんか、風のにおい、香りみたいなものが届いていると思います」

 

持続っていうのが壊れて、一緒に死んでいくんだね、みたいな。

 

橋本さん

「世界でもね、トップクラスのスピードで老人大国になりつつありますからね。空き家があふれてなあ。家どうするかっていう。社会問題としてはそこに関心がある。どうするつもりなのか。年寄りたちとかね、空き家のスペースとかみな、ああいう泣く泣く消えていくもの、どうするつもりなんだろう。みんな見えてないですよ。・・・それがおれにとっては、自分の中の消えていくものとか、死んでいくものをどう受け取っていくかっていう自分自身の課題と重なっているの。前は人をどう愛するか、なんで愛せないのかだったけど。同じ問題なんだけど、自分自身が枯れてきてるので、同じ問題が言葉変わってね、自分の死、消えていくのをどう了解しようかとか、消えてゆくもの同士としての相手との関係っていう。どう捉えようかと思って。もう相手に、これしてくれへんかったやんとか、お前のせいやーみたいなのは、だいぶ枯れてきちゃったんだね。だってねえ、もうすぐ死ぬ者にとって、怒るっていうのはあんまり意味なくなってきてるの。どうしてくれんねんとか、おれのおかげやろとか、ないことはないが、もう保てないの。ずーっと持つだけのパワーがなくて。それよりはようつきおうてくれたねとか、ようここまで一緒におってくれたね、みたいな。ええ塩梅になったわ、とかね。これ逆だよね。ずーっとこのまま続いていこうぜ、最後まで続く、なんだ。持続可能な組織、みたいなところにぼく自信持って仕事してきたんだけど、そこが枯れてきてて。持続しないから。持続っていうのが壊れて、一緒に死んでいくんだね、みたいな。なんつうのかな。そういう表現に変わってきた。若い時と、コアな情熱は一緒なんだけど。人間関係ってなんだ、よく生きてよく死にたいってのは一緒なんですけど。成長したいとかね。自分の体、自分の世界の変化によって、よく生きたいっていうのは、よく消えていけるのかなとか、いきいき生きたいっていうのは、死ぬのもいきいきできるのかなとか、成長したいっていうのは、すべての成長がおじゃんになってもまだ成長と言えるような成長があるのかなとか、そういう探求に変わってきたわけだね」

 

佐川

「その探求と人への関心がセットになっている」

 

橋本さん

「そうです。そうです」

 

佐川 

「ありがとうございます。ちょっと、わかりました」

 

好きなことを仕事にしたかったから、その仕事を好きでいたかった

 

どうやったら、やりたいことで、好きなことで、お金ってもらえるのかなと思ってきた。

 

 

だから、順番おかしいけど、その時やってる仕事を好きになりたかった。

 

 

今までやってきたこと→

農業、アートプロジェクトの事務局、まちづくりの仕事、料理、対面販売、円坐etc・・・・

 

 

関心持ってやり始めたことがほとんどだから、好きなままでいたかった。

 

 

けど・・・・

 

 

結論→

好きになろうとしても無理だった。途中でガス欠するような感じで、ある時から関心が持てなってくる。

 

おかしいな〜、私この仕事関心あるはずなんだけどな〜って、頭でことを進めようとするけど、それやってますます自分の中で何かがこじれていく。

 

 

 

 

これ、私いったい何がしたかったのかな、と思うんだけど、

 

単純に、

これがほんと好き。なんかやらない方がつらい。怖いけどどうしてもやってみたい。

 

 

そんな衝動がずっと続く(続いてしまう)ことが、やりたかったのだと思う。

 

どんな理屈だよと思うけど、好きで始めた仕事を、好きなままでいればそういう循環に入れると思った。私を引き上げてくれるんじゃないかって、いつも仕事に期待してた。

 

 

・・・・我ながらあほだと思う。笑

 

 

 

 

東京の大学(法学部)出て就職せず、福島で農業研修生になったり、NPOでアートとかまちづくりの仕事させてもらったり、人に恵まれて好きにやってきたなあと自分で思ってきたけど、

 

 

それでも「ただ」好きなことをしていいよとは、自分に言ってこなかったんだなあ。好きで始めたんだから、好きなままでいてねって条件付きだった。

 

 

 

 

その時の仕事、別に好きじゃない時があっていい。

 

そんでやめていいし、またやり始めても別によかったんだ。 

 

 

 

好きなことを仕事にするって、まずそこからなのかもしれないと思ったら、ようやく「ただ」好きなことがやれる。

 

 

家の草むしりするとか、ボルダリング行くとかしよう。

 

 

「人に関心ある」はできる人に任せておきたい

 

「僕は人に関心ある」って、私の憧れの人がそう言っていた。

 

 

自分にとって大事と思うものをどんどん紙に書いてって、どんどん消してって、最後に残ったのが人だったと。

 

 

 

人に関心あるってどういう感覚なのか、私ほんとによくわからない。

(いつかその人に聞いてみよう)

 

 

そう思うのは、私はたぶん、基本的に人に関心ないからだと思う。

 

そんで、人に関心持ちたかったからだと思う。

 

 

 

憧れのその人は、私が今まで興味がなくて、存在に気づきさえしなかった人に、関心をもって切り込んでいく。

 

その人が関心持って誰かと関わり出すと、途端にその場がパッと照らされたみたいに明るくなる。

 

そういう時、つまらなくて舟をこいでいた私の目が覚める。

 

 

憧れのその人の人生は、おもしろそうでうらやましかった。その人からわくわくすることが始まっていくような。そんで人も巻き込んで、一緒にドキドキできるような。

 

 

私もそうなりたかった。できたらその人と同じ仕事して、同じように愉快に生きたいと思ったこともあった。

 

なんでそんなんできるの?なんでそんな人に関心あんの?って、その人に訊きたいけど、裏返って自分を責める言葉になっていたことに、ここに書くまで気づかなかった。

 

 

私には使えない魔法【人に関心がある】が、その人は使えるようだと思う。

 

「人に関心がある」ってことが、わけがわからないからほんとにそう見える。

 

 

 

私にわかるのは、私は人に関心ないって言ってる方が、なんだか気楽で力が湧いてくる感じがすること。

 

  

もう、人に関心ある、は憧れのその人に任せておきたい。

 

 

 

「人に関心ない」から始まる魔法があるのか分からないけど。

 

それしかできないから、それで愉快に生きていけるのか、私はやってみたい。

 

 

 

 

夫が帰ってくるまで、妻はお酒飲んで待っててはいけない

 

自分にこびりついたシミ、みたいなものに結婚して初めて気づくことが多い。

 

そのひとつに、

 

夫(まじめに会社に行っていること前提)が帰ってくるまで、妻はお酒飲んで待っててはいけない

 

ということがある。

 

飲みたい時もあったけど、飲んだらなにか、罰されるような気がしていた。

 

飲んでいけないのは、当然のような気がしていた。

 

 

ある時、夫はやおに「お酒飲んで待ってたらダメだろうか?」とおそるおそる聞いたら、

 

「むしろなんでダメなの?」

 

と言われて、ああなんだ飲んでもよかったのか〜と、拍子抜けした。めちゃくちゃ怒られると思っていたというか、そんなこと思うことさえダメだと思ってたから、すごく楽になった。

 

  

 

他にも「家族が苦しい時に、楽しいことをしていてはいけない」というシミもあった。

 

 

この前、はやおの税理士試験前日に友だちと飲みに行くことで、これを破ってみた。

 

ほんの少し気持ちがざわざわしたけど、その夜はとても楽しくお酒が飲めた。

 

 

試験前なのに悪いねと一応言うだけ言ってみたら、またも「全然気にしてなかった」と言われ、一応言ってる私の方がバカみたいだった。

 

 

はやおははやおで、好物の家系ラーメンを食べに行っていたらしいからー私は別に家系好きじゃないのでーなんだ、やっぱり全然OKだったのかと思う。

 

 

 

私の中にすごく「妻は夫を支えるべき」みたいなもの、ある気がする。少なくとも、はやおから「すごい保守的だよね」と言われるくらいには、ある。

 

 

ほんとは私どうしたいんだろ?ってこと、曲げてしまうほど、見えなくするほど強力なシミが、私の中にたくさんある。

 

 

 

はやおと結婚したことは、私にとって、シミ抜きなのかもしれない。

ぜったいひとりでは、これできなかった自信があるし、シミにさえ気づかなかった。

同棲じゃだめで、夫と妻って関係性になったから起こったことだと思う。

 

 

なんだか結婚して、ひとりでいるよりも自由になれている気がする。

書いていて自分でジーンときている・・笑

 

 

 

うちの親が夫の親にお酒贈る、これって私の迷惑料?

 

なんか、うちの親が、地元福島のお酒を、夫はやおの親御さんに贈ったそうだ。

 

というのを、はやおの親御さんからもらったメッセージで初めて知った。

 

メッセージには「大変おいしかったです、友美さんからもよろしくお伝えください」とのニュアンスのことが書いてあった。

 

まず、私が感じたこと。

 

あ、これ私が今あんまり稼いでないから(はやおの扶養内で仕事もしてるし)、うちの親、娘がいつもすいません的な迷惑料として贈ったんじゃなかろうか?

 

 

・・・これがまず思ったことで、というか、不安と一緒にそれがどろっと出てきて、ちょっと愕然とした・・

 

大好きな人たち(夫の親御さん)に贈ってくれて、しみじみうれしい気持ちもあるけど、最初は不安でざわざわした。

 

 

というか、お金あんまり稼いでない今の自分(バイトで月収8万5千円くらい)のこと、私自身、すんごいダメだと思ってるんだなと思った・・・迷惑料って・・・orz 

 

うちの親が私のことどう思ってるかとかぜんぜん関係なくて、これ、私が勝手に自分にダメ出ししてるだけだ〜・・(というか、親からしたら被害妄想に巻き込むなって話)

 

 

それでまあ、結局最後に落ち着いたとこっていうのが、

 

うわ、私もっとちゃんとお金使わなきゃ だった。

 

それは、もっとちゃんと好きなことに使えよ、もっと楽しいことに使えよ、今たくさん稼いでなくたって(稼いでいても)、そういうこともっと取りにいけよ、ってこと。今までだってそういうことに使っても、なんとかなってきたんだからって。

 

なんか最近、私、生涯の月収が8万5千円のつもりで、感情とか行動とか、そこそこセーブして生活してた節がある。その金額でできることだけしか見ないようにして、しかも貯金までしようとしてたから、こりゃどこかおかしくなるわけだと思う。

 

そんな生活、まあまあ楽しかったけど、そろそろ終わりなねって自分に釘刺された気分。

 

いっそ好きなことやって、それでお金を稼ぐんだぐらいの気概を持てよと思う。まわりにもいるけど、そういう人たちが、ほんとに私はうらやましいし、私もほんとはそうなりたい。

 

 

夫はやおは、洗濯ものをろくに畳んでなくたって、夜ずっと好きなことをしてて朝起きなくても「いつもありがとう」って言ってくれるし。家賃水道光熱費ほぼ払ってくれて、最近はクーラーまで買ってもらって、家、快適にしてもらったのに。

 

私が私のこと勝手に迷惑なことにして、いつまでも適当にそこそこ暮らしてるだけだったら、私と結婚までして、いつも私にお金かけてくれるこの人にこそ失礼だなと思う。

 

いや、夫はどうあれ、自分が動きたいようにしか結局は動けないんだけども。笑

 

 

お金のこと、好きなことをすること。私、ほんとにそれでいいんかい?って問いかけられた、親が夫の親にお酒贈った事件でした。

 

お父さんお母さん、お酒贈ってくれてありがとー!(今度は私にも呑ませてね)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

責任の気分を負わない名前

以前、自分の名前に対してこんな記事を書いた。

sagawatomomi.hatenablog.com

 

自分の苗字「佐川」。去年結婚して、戸籍上は「鈴木」に変わった。しっくりこなかったので、しばらくは旧姓の佐川を使い続け、その後は、名前の上に何かしらくっついていれば佐川でも鈴木でもどっちでもいいかと考えたものの(ここまでが旧記事のこと)。

 

なんだか最近は、どうってことないところでは、鈴木と名乗っているようなのだ。

 

それは、新しい仕事先や、お店の予約を取る時、親族や知人に何かを送る時、あるいは公的機関、などであったりする。こういう時は、まあ鈴木でいいかと思って、鈴木ですと名乗る(そしてときどき、誰になんと名乗ったか分からなくなり、混乱する)。

 

穏便な名前として、鈴木を使っているように思う。自分の存在を懸けて、なにかを主張するほどでもないと思ったところや、そうせざるをえないところは、まあ鈴木でいいかと。世を忍ぶ、仮の名前みたいな感じで使っているかもしれない。

 

今年の秋ころも、仕事先で「戸籍上は鈴木ですが、佐川って呼んでいただけませんか?」と言ったら、不思議というか変な顔をされたので、とりあえずは「鈴木さん」に収まっている。

 

自分で鈴木と名乗ったり、相手からそう呼ばれたりする時、あ、私のことだなと認識はできるけど、どこか薄い膜が張っている感じがする。「佐川」として言われるより、少しだけ気楽で、責任の気分が薄くて、私の真芯に届かないところで止まるような、そんな膜。

 

佐川姓は福島と茨城に多いようで、私も福島で生まれて、そこで育ててもらった。佐川友美さんと言われると、その所在をビシっとつきとめられる感じがして、背筋が伸びる。お里が知れるなと。そこには東北とか、福島とか、いわきとか、土地がのっかっている。

 

苗字。苗(なえ)の字。鈴木と呼ばれると、苗が抜けているような所在不明感があって、それが責任の気分を負わない感じにつながっていると思う。どこか、土地から切り離されてしまったような。夫婦別姓が選べるようになったら、佐川に戻すかもしれないなと今は思う。夫はやおにも意見を求めたら、別にいいんじゃない?とのことだった。 

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(2016.5.2 京都宇治、まるネコ堂でモヒートをつくっているところ)