ことばのおと

さがわともみの作業場。身体に響くおとを、ことばで辿ることを試みるノート。

表札と自転車

だいぶ前になるけど、東京のわがやに表札をつけた。

 

(写真を見ていたら、ふいに、そのことについて描きたくなった。)

 

去年挙式した神社からもらった表札にニスを塗って、

家から飛び出ていた釘にひっかけた。

 

表札を見るたびに「ここは、私の家なんだ」と思えて、いい。

見るたびほっとする。

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さざえは6月あたまにはやおと南房総にでかけた時、BBQで食べたのを置いた。 

 

庭はかぼちゃで覆われ、畑と庭の仕切りにと置いたレンガは、

すっかり意味をなさなくなった。

 

・・・・・・・。

 

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今朝は近所の人が自転車をくれた。

 

朝の7時半に突然チャイムがなり、会社に行く前のはやおが出た。

私は何事かと思いたぬき寝入りを決めて、顔をださなかった。

近所のおばさんであることが、声でわかった。

(かぼちゃが茂り過ぎてるとか、そんな苦情かと思った)

 

苦情か?と戻ったはやおにおそるおそる聞いたら、

自転車あげるよという申し出だという。

起きて服着て、おばさんとこに自転車くださいともらいに行く。

 

自転車、ほしかったので、うれしかった!

好みの外観でないけど、そんなことは大事でないように思う。

自転車の方から私のところに来てくれたことが、ただうれしい。 

 

おばさんは自転車カバーまでくれたうえに、

買った自転車屋さんに防犯登録の書類もらってくると行って、

朝から出かけていった。

 

ブリジストンのピンクの自転車。

8年前までおばさんの孫さんが乗っていた。

自転車をくれたおばさんの名前を、私はまだ知らない。

 

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ことなる、 異なる、 事成る、 言鳴る、・・・

今朝は、こわい夢をみた。

 

部屋の前に、なにかこわい化けものがやってきて扉をたたく。

化けものは、探している人物がいるようだった。

 

化けものはドアの前で問う。

なにを言ったのかはわからなかったが、

探している人物が部屋にいるか、確かめている様子だった。

 

部屋にいる誰かは、化けものにドアを叩かれるまで寝ていた。

起こされた誰かは、寝ぼけ眼のまま化けものに応える。

ただ一声「ことなる」と。

 

部屋にいる誰かが化けものの探していた人物かはわからない。

ただ、化けものはその一声で去っていった。

少しでもちがう言葉を発していたら、

なぜか部屋に入られていた気がしてならない。

 

その後、夏の怖い特番が続くようにもう1本怖い夢を見て、目が覚めた。

 

 

ことなる、

異なる、

事成る、

言鳴る、

殊なる、・・・

 

化けものが去った「ことなる」とはなんだったのか、考えた。

  

頭に浮かぶ漢字を調べていたら、かばねへんをもつ「殊」に

殺す・断ち切るの意味があることを知り、驚いた。

 

言鳴れば、事成る・・・  

言を鳴らすこと(あるいは、自ずから「鳴る」)は、

部屋のひとりが生きることとつながっている。

 

 

今朝の夢。

昼下がり、最寄り駅から国分寺行きの電車に乗りながら、

夜のいま、晩酌しながら、ぼんやり考えている。

 

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(5.29 春日大社の鹿)

自分にできないこと、やれないことを、仕事は教えてくれた。

日大の法学部卒業して、5年目なう。

 

卒業して、福島県会津に移住して。

農業研修させてもらって、ホテルで調理バイトさせてもらって、

県のアートプロジェクトのスタッフさせてもらって。

 

ここまで、ずーっと「させてもらって」で、きたなーと思う。

で、させてもらって、どれも少しずつちがったと思っている。

 

ずっと、自分より先に農業とかアートプロジェクトとか、仕事があって。

いい思いさせてもらったり、時には文句も言いながら、

それでもそこに寄りかかって、なんとか立たせてもらってきた。

 

仕事は本体で、私は仕事に仕える影のようで。

でも、その影の中にいる間にたくさん学ばせてもらった。

 

農業、仕事としてやるには厳しいなあとか。

まちづくりのNPOにいたのに、

地域活性って切り口に結局、興味を持てなかったなとか。

自分の料理食べてもらうのうれしいけど、

いつ来るか分からない誰かを待つのは無理だなとか。

なんで人のサポートばっかりしてるんだろとか。

 

私にできることなんて本当に少なくて、

できなかった、やれないことばかりが、ただわかっていった。

 

たくさんたくさん確かめて、あきらめてきた。

面白いと思ったのに、やれると思ったのに、

やってみて「なんかちがう」と思ったことの方が多かった。

 

 

会津の期間(3年半)を終えて、そんなんも一区切りついた感じがする。

 

自分にできないこと、やれないこと、それを確かめられたこと。

させてもらった仕事から、

たくさんのことを「もらった」。

 

今まで私を守ってもくれた仕事は、

役目を終えたと言わんばかり、影に隠れていた私を押し出した。

 

私の手に残ったものは「聴く」と「描く」だった(今わかる範囲で)。

それしかないのかよ!とも思うし、

ある人から比べれば遠く及ばない感じもある。

 

それでも、そこからやっていくしかない。

 

私は会津の土地に、人に、仕事に、

少しずつでもいいから恩を返していきたい。

(これからもお世話になるんだろうけど・・)

 

恩を返すにはもう、自分が恥かいてもかっこわるくても、

少しずつでもいいから、自分が持っているものを

差し出していくしかないんだと思っている。

 

そういう意味で、

私が家から一歩出て、世界に場をつくれることを

自分で確かめていくために円坐をします。

 

どうぞみなさま、

お付き合いいただけますと幸いです。

 

佐川友美の円坐

(↑FBのイベントページに飛びます)

 

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喜多方のだいじな友人の浩さんからもらった、かぼちゃ。

去年食べて、種を取っといて、4月にまいて。6月現在こんな感じで育ってます!

 

 

 

下記、リンク先の「佐川友美の円坐」と同じ内容です。

========

6月24日に東京の西荻窪で円坐をします。

円坐では、私を含め集った方でぐるりと円になって座ります。
はじまりと終わりを私の方で合図します。
その場でなにか言いたくなったり、黙りたくなったりしたら、
いつでもどうぞ。

アイスブレイクっぽいのとか、
参加することで自分に気づけるとか、
傾聴させていただきますとか、
わかりやすくあらかじめ言えることは、私からはありません。

暗中模索の場と言いたいところですが、
なんだかそれすら約束しかねるのが私の理解する円坐です。
今に至るまで、何度も座ってきましたが、
途方もない「わからなさ」に惹かれて、
私は円坐の場に臨んできたように思います。

地面に尻をつける「坐」したまま、
その場に集った人と人との間で顕れゆくもの。
そんななにかが、見・聞き届けられる時空間を、
私は精一杯守らせていただければと存じます

 

6名ほど、道行きを共にしていただける方を募集しています。
どうぞよろしくお願いいたします。

・・・・・・・・・・・・・・・
◯開催情報

佐川友美の円坐
守人:佐川友美
6/24(土)14:30〜18:00(14:00から会場に入れます)
60分ないし、70分ごとに休憩をとる予定です。

場所は西荻窪駅南口から徒歩3分、
一軒家カフェ&サロンhana 2階のよろこびの間です。
14時からカフェの前でお出迎えいたします。

アクセス→
http://nishiogi-hana.com/access.html

参加費:1000円
当日現金でお支払いください。

主催・申し込み 佐川友美(さがわともみ)
FBメッセージ or E-mail 
slow.st.1231◆gmail.com までお願いします。
(◆を@に変えて送信)

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◯佐川友美プロフィール

福島県いわき市出身、1989年生まれ。
大学卒業後の2013年に、農業研修のため福島県西会津町に移住。
2013年末から喜多方市に移り、NPO法人まちづくり喜多方に所属し、福島県文化事業「森のはこ舟アートプロジェクト」のスタッフとして働く。地域の方々に頭を下げ、アート活動への許しを請うてきた。

2014年、福島で行われた「旅する円坐」にて、橋本久仁彦氏がひらく場「円坐」に初参加。以来、橋本氏によるミニカウンセリング研鑽コースや、円坐守人研鑽クラスを継続して受講。

2016年10月、結婚を機にアート事業から離職、及び東京へ移住。橋本氏と仲間と共に自他の言葉を辿るトレーニングを重ねつつ、今回場を開くに至る。

 

はやおが弁当箱を会社に忘れたので、今朝は何もできることがない。

はやおが弁当箱を会社に忘れたので、今朝は何もできることがないと思った。

 

でも試しに、おい、白湯飲むか?と聞いてみた。

 

はやおは飲むと言ったので、湯を沸かした。

 

沸かしている間は目を開けてねばと思い、布団に転がりながら目は開けていた。

 

湯が湧いたので、カップに注いでテーブルに置いた。

 

はやおが出て行くまでは目を開けていようと思った。

 

はやおは眠かったら寝ててええんやでと私に言った。

 

はやおは私に布団をかけた。

 

はやおは白湯を飲んで出て行った。

 

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 (2017.5.15 はやお弁当 のりたまごはん とろろ昆布のお味噌汁withかわいい麩 福島県人会の弁当に入ってた魚 県人会弁当のカニコロッケ アスパラ ミニトマト 不知火)

小平市福島県人会に、はやおと顔をだしたこと。

今日は小平福島県人会の総会にでてきました。高齢者の方ばかりでどうなんだろとか思ってたけど、おもしろかった。

 

88人ほど集まった総会の中で、カラオケもやったのですが、はやお(夫・兵庫育ち)が会津磐梯山うたえないことを悔いてて、なんとかうたおうとして、携帯でメロディー確認してて、そういうはやおを改めていいなと思いました。

 

はやおは私より気が利いて、いろいろ手伝ってたので、みんなにかわいがってもらってました。

 

みんな小平住んで50年とかで、都電全盛期に都電運転してた方がいたりで、ちがう世界の話を聞いてるようで、へえ〜っと聞きました。

 

でも、小平に何十年と住んでいても(福島に住んでた期間より、小平に住んでからの期間がみなさん長い)、福島のどこそこの出身なんだという時には、どこかうれしさとか、誇らしさとか詰まっているように感じます。

 

 

80歳くらいの人とでも、えー◯◯さん勿来ですかー!近いー!とかって会話ができるのは楽しいです。たとえ、会話がそれだけで終わっても◯◯さんもあそこにいたんだと思えるのが楽しいです。同郷の人と話せる時間もいいもんだな〜と思いました。

 

会の最後に、小平に住む福島の女性からお花をもらいました。
花びらは小さいけど、健気で何かほっとさせるお花です。

 

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はやおはいま家でいろんな人の会津磐梯山聴いて、練習してます。

「エンヤ〜〜 会津磐梯山は 宝の山よ〜〜」

 

いろんな投稿に「いいね!」が押せるようになってきた。

前々回の記事が、らしくなかったような気もして、少しうだうだしてました。なんか、どこか違うこと描いてしまったような。多少のやっちまった(何を)感を覚えつつ、でも、消したくはないなあと・・。

 

わりと私は内弁慶なところがあるかもしれないと思っていて、他の人の投稿にたくさん「いいね!」したら友だちのタイムラインにそれがあがってしまって、それはどうなんだとか、こんなスピ系っぽい感じの人の投稿にいいね!するのってどう思われるんだろうとか。でも、そんなん気にせず、本当にいいなと思ったんだから、いいね!したらいいべと思う私もいて。「いいね!」するだけなのに、ほんとうだうだしてるなと思います。

 

こんなことを実は3年前くらいから気にしてて、それでも本当に「いいね!」を押せなかった時期とくらべれば、変わってきたなあと思ってます(気にする時と、気にしない時の波がでてきた)。それはどっちかといえば、うれしい感じかもしれません。こんなに私、押せるんだ!と。

 

別に会社の重役でもなく、約2年半してたアートプロジェクトのスタッフでももうないのですが(その時はその時で、アート系の投稿にいいね!しといた方がいいよなとか、仕事中にいいね!したらダメかなとか、こじらせていました)。

 

今は、庭仕事したり、料理したり、出かけたりで(勤めはしないの?と言う、親の期待もほのかに感じつつ・・)。これしたいとか、あれやってみたいとか、これはやりませんって言うとか、少しずつ感じて動けるところにきたなと思います。農業とか、アートとか、職業みたいなものにある意味で自分を託すみたいなとこもあったけど、それももう諦めて(できなかったので)、一周まわってもう私は佐川友美しかできないんだなあと実感してます。

 

相変わらずはやおの弁当つくりは結構楽しくて、眠い目こすりつつ、これ食べて元気になってほしいよなとか思いつつ、つくってます。はやおが喜んだり、笑っているのは、うれしいので、ひとつ、こいつをサポートすることをやりたいです(できないことはできないと言うことも込みで)。あとは、やせてほしい!と以前の投稿に書きましたが、少し痩せてきたのが、やっぱりうれしいです。

 

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(4.28のはやお弁当 釘煮&梅干しのっけごはん あさりみそ汁 がんも レタスにんじんトマト 焼き芋&甘夏)

 

今は、ただの佐川友美であることを静かにしてるのですが、それだって、すごく勇気がいることだな・・・と思うこの頃です。

 

 

 

 

 

 

3年間の円坐をたどる、ミニカンをたどる。

2014年から今まで3年間学んできた、ミニカウンセリングや円坐を気の済むまで学び直したいって欲求が出てきて、いまは自分が守人として坐った円坐の文字起こしをしている。

 

それはずっとやりたかったけど、やってこなかったことのような気もして。やりたいことををやらないことで、ずっとそれをやりたいって言ってられるような安心感もあったけど、そこにもういたくなくなった。

 

元は2012年の学生時代、『かかわり方のまなび方(西村佳哲著)』って本の中で出会ったくにちゃん。[人の※]話を’聴く’こと・・・(略)は、資格や技術の問題ではなく、態度や生き方、存在の仕方の問題だとその本の中で言っていたくにちゃん。本のなかの人に過ぎなかったのが、なぜか、地元の福島県で2014年に出会うことになったくにちゃん、もとい橋本久仁彦さん。私はその人に大きな影響を受けた。文字通り、私の影で響いている人だと思う[※佐川補足]。

 

ミニカンや円坐の場で、くにちゃんと、そこで出会ったひとりひとりと座ってきた時空間ってなんだったのか、それが知りたい。そこで、どういう精度で、次元で、人ひとりの言葉や、言葉になる以前のものが聞かれていったのか。あるいは落ちていったのか。その過程をたどり直したい。

 

とりあえず、この期間は3ヶ月間(いま3日目)と決めたので、その間のお金稼ぎを、結婚相手のはやおに改めてお願いした。好きにしろという。はやおありがとう。

 

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(2017.4.22 どこかのエスカレーター)