ことばのおと 〜さがちゃんの生きてる記録

自分だけの仕事を探して農業したり、NPO勤めたりしたけどなにも見つからず。だったら、なんにもなれないまま生きてみようかと。

「人に関心ある」はできる人に任せておきたい

 

「僕は人に関心ある」って、私の憧れの人がそう言っていた。

 【追記:橋本久仁彦さんのことです】

 

自分にとって大事と思うものをどんどん紙に書いてって、どんどん消してって、最後に残ったのが人だったと。

 

 

 

人に関心あるってどういう感覚なのか、私ほんとによくわからない。

(いつかその人に聞いてみよう)

 

 

そう思うのは、私はたぶん、基本的に人に関心ないからだと思う。

 

そんで、人に関心持ちたかったからだと思う。

 

 

 

憧れのその人は、私が今まで興味がなくて、存在に気づきさえしなかった人に、関心をもって切り込んでいく。

 

その人が関心持って誰かと関わり出すと、途端にその場がパッと照らされたみたいに明るくなる。

 

そういう時、つまらなくて舟をこいでいた私の目が覚める。

 

 

憧れのその人の人生は、おもしろそうでうらやましかった。その人からわくわくすることが始まっていくような。そんで人も巻き込んで、一緒にドキドキできるような。

 

 

私もそうなりたかった。できたらその人と同じ仕事して、同じように愉快に生きたいと思ったこともあった。

 

なんでそんなんできるの?なんでそんな人に関心あんの?って、その人に訊きたいけど、裏返って自分を責める言葉になっていたことに、ここに書くまで気づかなかった。

 

 

私には使えない魔法【人に関心がある】が、その人は使えるようだと思う。

 

「人に関心がある」ってことが、わけがわからないからほんとにそう見える。

 

 

 

私にわかるのは、私は人に関心ないって言ってる方が、なんだか気楽で力が湧いてくる感じがすること。

 

  

もう、人に関心ある、は憧れのその人に任せておきたい。

 

 

 

「人に関心ない」から始まる魔法があるのか分からないけど。

 

それしかできないから、それで愉快に生きていけるのか、私はやってみたい。