ことばのおと 〜さがちゃんの生きてる記録

自分だけの仕事を探して農業したり、NPO勤めたりしたけどなにも見つからず。だったら、なんにもなれないまま生きてみようかと。

津波で死んだ祖母に会いに行く②ー恐山前日譚

 

※この記事でもまだ恐山に到着してません。行くまでの前日譚その②です。

  

前回の記事↓

sagawatomomi.hatenablog.com

 

これなんで書こうかと思ったかというと、ほんとうに祖母が死んだってことをよくわかりたかったから、また、そうすることで祖母と一緒にいられると思ったからです。

 

 

2年前にも祖母のことを人に話していたら、センチメンタルに思われたのか、そんなこと言ってないでもっと前向きにいこうよと言われました。でも、やっぱ祖母を置いての前向きは私にとってありえないので、今こうなったよ〜って2年前の私に言いたいです。

 

祖母が津波で死んじゃったってこと、たくさん言って、書いて。たぶん3年後とか10年後とかも言ってるかもしれなくて、そのうえで結果的に、前か後ろかわからないけど、進んでいけるんだよってことを私に伝えたい。

 

 

そんでも、できたら、おんなじような思いをしてる人に届いたら、こんなにうれしいことはなくて。そんなこと思って書いてます。

 

 

 

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さて、恐山行きを決めてはみたものの・・・・

 

 

震災で亡くなった祖母に会えるかもって考えると、なんとなく気持ちが沈んで、恐山行きの準備はなかなか進みませんでした。

 

 

会えるんだ?!ってわかった時はうれしいような気もしたものの、そこへ現実的に自分を持っていくことが、重たい。

 

そりゃ、死んじゃったことはわかっちゃいるけど、やっぱりいまだに非現実すぎて、腑に落ちてないようなところもあります。

 

そもそも、震災が非現実だったし、津波でぐちゃぐちゃになった祖母の家は、映画のセットみたいだった。たぶん今も、その感覚が根っこにある。

 

 

恐山行きを決めて動いていた数日間は、考えなくても済んでた「淀み」みたいなものに強制アクセスさせられっぱなしで、ほんとにほんとに死んじゃったんだって、何回も確認を迫られるような、重たい時間でした。

 

 

それでもまあ、前日に交通情報調べました。

 

 

青森県下北半島むつ市にある恐山は、東京駅から6時台(始発)の新幹線【はやぶさ】に乗って、八戸駅下車、そこから青い森鉄道に乗って、野辺地駅を経由して下北駅で降り、下北駅から恐山行きのバスに乗り継いで、恐山に12時頃に到着することができるようでした。

 

遠い、めんどくさい・・・

 

しかし朝東京出て、昼には恐山て、なんかすごい・・・・はやい・・・

 

 

 

八戸駅下北駅からレンタカーで行くのが、いろいろ寄れていちばんいいと思うのですが、運転する気分にならないような気がしてやめ。

 

 

 

せっかく青森行くんだから、ほかにいろいろどこ見よう、やりたいことしてこようと考えてはみたものの、観光情報を調べる気にもなれず、恐山に行って祖母に会うことのほかに、とりあえず海鮮丼を食べること、りんご買うこと、銘菓買うこと、青森ヒバの精油買うことだけ決めて(いや、けっこう決めてるw)1泊2日の行程で行くことに。

 

恐山でゆっくりしようと決めていたので、恐山の境内にある宿坊〈吉祥閣〉に宿泊も予約しました。

 

 

行きたいような行きたくないような、まー、とにかく出発したのでした。