ことばのおと 〜さがちゃんの生きてる記録

自分だけの仕事を探して農業したり、NPO勤めたりしたけどなにも見つからず。だったら、なんにもなれないまま生きてみようかと。

夢うつつのリアル、死ぬこと込みで生きている

 

朝、目を覚ました時、ごくたま〜に半覚醒状態になることがある。

寝ぼけているようだけど、その状態の時に感じる感覚はとてもリアルで、

その時の私は、なぜか涙を流していることが多い。

 

 

先日も夢うつつの中、

リアルな感覚でもって7年前にいた。

 

もっと正確にいうと、7年前に考えていたことを、

再び、鮮やかに経験しなおしていた。

 

 

 

7年前の3月11日に、私はいた。

 

あの地震が来た日に、あの津波が来た日に、

福島県いわき市の豊間海岸近くにあった祖母の家に、私はいた。

 

 

私、地震がもうすぐ来ることわかってるよ。

免許持ってるからねと、ばーちゃんを車に乗せて逃げていた。

 ※当時は免許持ってないけど、持ってる設定だった

 

 

あるいは、別の時間軸なのか、

祖母の家の裏手の、波がギリギリ届かなかった竹藪を登って

ばーちゃんと一緒に逃げていた。

 

 

また別の時間軸では、

津波が来ることを知らない私だったのか、

ばーちゃんと一緒に津波で死んでいた。

 

 

あの日のバージョンをいろいろ繰り返したのち、

半覚醒状態は終わった。

 

 

 

 

 

震災が起きて2-3年か、もっとだろうか。

ずいぶんこんなことを、ひとりで考えたものだ。

 

 

 

一緒にいたら、

(ばーちゃんを助けられたのに)

 

一緒にいたらと。

(私も死んでいたかもしれない)

 

 

 

久々にあの頃の私を思い出して、

どこか懐かしくて、でもピリッとした痛みが走る。 

 

 

 

 

 

たまたま、私は死なない時間軸にいただけで、

私が考えていたことのどれが現実になっても、おかしくなかった。

 

私が死ななかったのは偶然だし、生きていることもたまたまで。

 

 

 

震災をきっかけに、なにかが大きく変わったという人をよく聞いた。

私はなんか変わったんだろうか?(そういうのないかも)

と思ってたけど、今ならわかる。

 

 

 

 

「生きていることに、死ぬことが加わった」

「死ぬこと込みで生きている」

 

 

 

 

これ、大事な人が死なないと、わからなかった。

ばーちゃんが死んでしまって、初めてわかったこと。

 

 

私の人生に初めて「死」がやってきた。

それはみっちりと重たくて、

でも死がそれならば、裏返って生きていることもまたそうなのだと、

これまた初めてわかった。

 

みっちりした重たさがあることだけは、

どちらに転んでも変わらない。

 

 

私が生きていることも、だから「たまたま」で「偶然」でいい。

そこに特別な意味なんかなくていい。

 

 

「たまたま」生きているからこそ、

「たまたま」死んでいくからこそ、

毎日は、人は、一瞬は、掛け替えがなかった。

 

 

 

 

 

7年前の私を、7年後のいまの私で経験しなおして、

震災のひとつの記録として、ちゃんと言葉にしておきたくなりました。