ことばのおと 〜さがちゃんの生きてる記録

自分だけの仕事を探して農業したり、NPO勤めたりしたけどなにも見つからず。だったら、なんにもなれないまま生きてみようかと。

自分の「お疲れポイント」を知る

 

食堂のおばさんしてて、

洗い物がいやだきらいだと言ってきたけど、

いま、それほんとかな?とちょっと疑っている。

 

なぜなら、数日前洗い物に取りかかったとき、

いやじゃなかったからだ。

(まあ自分の体調とか気分とかも大いに関係してるだろうけど)

 

 

洗うことで汚れたお皿がピカピカになって、 

乾いたら、元のあるべき位置(食器棚)にお皿を戻していける。

そんなことを考えながらする洗い物は、悪い気分じゃなかった。

 

 

 

だから、

あれ?私、洗い物のなにがいやだったんだろう?

と洗いものをしつつ考えた。

 

 

それでわかったことは、洗い物がいやだ〜ってのは、

間違いじゃないけど、けっこうざっくり言ってたんだなと。

 

 

私がいやだなあと思っていたのは、洗い物があるシーンだ。 

 

具体的には、

「たまりにたまった洗い物の山を見ること」

「散らかった作業台を見ること」

 

 

 

ああ、私がこれを片づけるのか、洗うのかと思うと、

精神的につかれるし、取り掛かるのに力がいる。

 

 

あとは、洗い物でもキャベツ切りでも、

よーしやるぞと何かに取り掛かろうとした時に食べに来る人がいると、

このタイミングで来るなよと思ったりすることもある。

(基本、ひとりでまわしているから仕方ないのだけど)

 それが、一度の夕食時に何度も続いたりするとつかれる。

 

 

そういうのをまとめて、

「お疲れポイント」と呼ぶことにした。

 

 

精神的につかれたり、取り掛かるのに力がいることをしたりすると

このポイントがたまる、という設定だ。

 

 

このポイントがたまると、単純に疲れる。

体は疲れないけど、心がつかれる。

そうなると、家に帰ったあと、グターーーっと何もしたくなくなる。

なにかを感じられる心の空き容量が「つかれた」でいっぱいで、

もうなにも感じたくない、感じられないよ、というかのように体が動かなくなる。

 

 

私は食堂のおばさんの仕事終わったあと、家でいろいろしたい。

ブログを書いたり、漫画読んだり、 簡単なごはんをつくったり、

お風呂を沸かしたり、カーテンを閉めたり。

自分のいつもの日常に、サッと取りかかれるだけの心を残したい。

 

 

食堂で洗い物をするのは、たぶんもうそんなにいやじゃない。

生理2日目の日とかは、いやだなってまたきっと思うだろうけど、

それはもう、洗いものがいやなんじゃなくて、

食堂で働くこと自体が、きっといやだったのだ(動くと血、出るし)。

 

 

私はなにをどうすると疲れるのか、知りたい。

知れたら、そこを避けるように動きたい。

「ああ〜もういや」ってまたなるかもしれないけど、

その時は、なにがもういやなのか、よく見てみたい。

 

 

 

食堂の仕事、ちょっとおもしろくなってきた。