ことばのおと 〜さがちゃんの生きてる記録

自分だけの仕事を探して農業したり、NPO勤めたりしたけどなにも見つからず。だったら、なんにもなれないまま生きてみようかと。

「天職」という当たりを引きたかった

 

大学在学中からずっと

「私なにやりたいんだろう」と思って、

いわゆる天職とか、自分らしい働き方ってのを探してきて、

農業とか、まちづくりの仕事とか、アートの仕事とかしてきた。

 

でも、もう「天職」とか「自分らしい働き方」とかって

仕事の中に探してもムダかもと思えてきた。

 

 

この仕事でもない、あの仕事でもない、じゃこの仕事はどうだろ?

 

自分の中でそれを確かめるみたいにこれまで仕事してきたけど、

それも間違いじゃないけど、やっぱり微妙に見当違いなことしてた気もする。

(それも、やらなきゃ分からないことではあったけど・・・・)

 

 

 

会津にいた頃、

森のはこ舟アートプロジェクト」の事務局スタッフをしてる時、

仕事で関わってたアーティストの人がうらやましかった。

「私はこれしかできないんです」みたいなものを持ってるような気がして。

それをちゃんとお金に替えられてるのがすごいと思ったし、

これしかできないってものを、苦しんだり夢中になったりしながら、

延々とやり続けていることに憧れを感じていた。

少なくとも、当時はそう見えていた。 

 

 

アーティストの人は、

平成狸合戦ぽんぽこ』に出てきた狸たちみたいに、

うまく人間に化けて人間生活送ってますという感じの方もいれば、

変化はあまりうまくないんですという感じの方もいらした。

いずれにせよ彼らは普通の人とはちがって、どこか狸の匂いがした。

表現したいものをもっているし、

それをどう表せばいいのかもわかっているように見えた。

私も狸になりたかった。

(・・・こんなこと書いて失礼じゃないか心配)

 

 

 

当時の私は「私はスタッフだから表現しちゃいけない」

って自分の謎ルールに縛られていた。

(それでも何かは漏れだしていたかもしれないけど)

私はアーティストじゃないんだ、私はスタッフなんだ、

スタッフだから表現は許されないし、変に目立ってはいけないという

かなしいルールがあった。

 

 

身はともかく、心までそうならなくてもよかったろうにと、

今なら当時の私に声をかけてあげられるけど、

それでも届いていたかはわからない。

それくらい「私はスタッフだから表現しちゃいけない」は、

それ当たり前ですけどなにか?って顔をして自分の中にいた。

 

 

ある時の飲みの席で、でそのくすぶりが暴発して、

森のはこ舟のディレクター※伊藤さんに

「なんで私がアーティストじゃないんだろ」って

思わず言っちゃったことも未だに覚えている。

なに言ってんだと思うけど、やっぱり本音だったと思う。

(※ディレクター→いちばんエラくてできる人 ※あくまで当時の認識です)

 

 

  

仕事の中に天職があるんじゃなくて、

自分の中にどうしてもこれっていうのがあって、  

仕事を使って「どうしてもこれ」を表現したり、

仕事を使って「どうしてもこれ」を誰かに届けたり、

仕事ってするものじゃなくて、使うものなのかもしれないと

最近、私の仕事観は改まりつつある。

 

全部の仕事がそうじゃないかもしれないけど、

少なくとも私はそういう風に仕事したいんだなあと思う。

 

 

天職とか自分らしい働き方とか、

どこにも探しにいかなくてよかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・

でも食堂のおばさんずっとはやりたくないし、

なんだかんだ、やっぱり探しちゃうんだろうなー。笑

それもよしとしよう。

ムダかもしれないけど、やっぱりもうちょっと探してみたい。