ことばのおと 〜さがちゃんの生きてる記録

「自分」という場所で、起きたことを綴っています。

【臨床心理士】私ばっかり裸にさせやがって

 

大学生のころ、バイト代はたいて、

週1回1セッション45分に、1万円かけて

とある施設の臨床心理士に、話を聴いてもらいに通っていた。

大学2年の秋から行き始めて、大学卒業する間際まで行った。

 

その心理療法は、サイコセラピーと言った。

 

 

あの頃は、自分の都合で休みますとか言えなくて、

約2年半、皆勤賞で通ったけど、

あの人らは少なくともセラピー中は、

自分の弱みとか、しょうもないとことか、私に見せなかった。

 

大学卒業する頃、東京から出て福島行くんで

先生とのサイコセラピーやめますと言ってやめた。

その後1〜2年は、おかげで成長できた、

自分の感情よく分かるようになったと感謝しきりだったけど、

ここ3年ばかり、

よくも私ばっかり裸にさせやがったなと怒りが顔を出すようになった。

 

ムカムカ、ムカムカ・・・・×100

マジでムカムカ!(っ`Д´)っっっ )3 `)・∵.

 

 

クライエントの私ばっかり弱み言って、ダメダメで、丸裸で。

でも、臨床心理士はそういうの私に見せず、

いつも私の向かい側に、すかして座っているばかりだった。

(それ、別に当たり前じゃんとも思いつつ)

 

なんかなあ、ほんとに人間に聴いてもらってたのかなあ、

臨床心理士って資格に向かって話してただけだったのかもなあと。

自分でも不思議なくらい、そのことに怒っているし、

恨みもあるし、かなしいし、がっくりもきている。

一言でまとめるとムカムカ。笑

やめてから1年2年は、あれほど感謝してたのになあ。

 

 

全部、私の問題として返されるのもいやだった。 

なんかH先生って冷たくて怖いですとか言っても、

えーそんなことないよ、そういう風に思うあなたに問題があるよ、みたいな。

H先生の私への関わり方は、

私の手が届かない安全な場所から決して降りてこず、

臨床心理士スーツ着込んだまんま、決して裸にもならず、

人を棒でツンツンつつくような、そんな風に見えた。

(あ、冷たいってそういうとこだったのかな)

そんで、いっつも賢そうだった。

私ばっかり裸になって本音言ってわめいて、バカは私だけ、みたいな。

 

そんな小さなことがたくさんたくさん積み重なって、

話を聴いてくれた感謝も確かにあったけど、

同じくらい絶望や怒りも隠れていたことに、

気づかなかっただけかもしれないなあ。

ここ3年で、ようやくそれを見つけてやれた。

 

 

 

それでも1回だけ、臨床心理士のこと、

「わあー!私と同じ人間だった!」って思えた出来事があった。

 

 

東日本大震災のあの日から数日経って、

私が福島県出身だからか心配して、施設の臨床心理士のK(女性)が、

わざわざ電話をくれた。

 

ちょうど、ばーちゃんが死んだことが判明したばかりの頃で、

祖母が津波で亡くなりましたと言ったあと、私は号泣してしまった。

祖母が死んでから泣いたのはこれが初めてで、泣きやむことができなかった。

 

で、私があまりに泣いてばかりだったからか、

「あなたより辛い人はいっぱいいるんだよ!」

とKは私を叱咤して、しまった!とばかりに口をつぐんだ。

 

その時は、別になにも思わなかったけど(ビクッとはした)、

時間が経ってから、

「えーーーあのタイミングで私にそれ言うかーーー?」と、笑った。

なんだか、ホカホカと笑ってしまう思い出として、それは残った。

 

K先生なあ、臨床心理士としていつもピシッとして、

かっこいい女性として決めてたのに、

いらんこと言っちゃった!って、慌てて口をつぐんだりもするんだな。

そんなK先生の素が、裸が、ちらっと垣間見えたのがうれしかった。

私と同じ人間だった。

  

 

 

そしてもし、そんな瞬間がたくさんあったなら、

私がムカムカすることもなく

臨床心理士としてのK先生としてではなく、

ただのKさんに、私はまた会いにいけたかもしれないなあ。