ことばのおと 〜さがちゃんの生きてる記録

「自分」という場所で、起きたことを綴っています。

やってみて、怒られた方が早い

 

私はいわゆる

要領がいい方ではないし、

1を聞いて10を知るタイプでもないし、

発達障害じゃないかとか親に言われたり、

普通っていう感覚がいまいち掴みきれないところがあって。

 

それで、弟はこんな姉を見て育ってきたので、

怒られることは何か覚えたし、しなかった。

(私、長女です)

 

私は怒られたり、呆れられたりして初めて、

あ、これは普通じゃなかったのかと知る側だった。

 

 

 

だから、

普通の方が愛される、と思ってきた。

 

 

 

小学生の頃、文集に「普通の人になりたい」と書いたけど、

ただ愛されたいと言っていただけだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

怒られ遍歴。

↓ ↓ ↓

 

 

小学5年生の時。

マイブームだったアロンアルファを

椅子の4つ足にくっつけて1時間座ったら

椅子が床から離れなくなり、力任せに動かしたら

教室の床ごとすっぽ抜けてしまって、親を呼ばれた。

↑ 通称アロンアルファ事件。

 

結婚して東京に来る前、

福島でやってた仕事「森のはこ舟アートプロジェクト」で、

100人のお客さんを目の前に、喜多方の活動報告の発表をした時。

 

なにをどう言えば

発表になるのかわからなすぎて

あまりに主観的な発表をしてしまい、

(一部のお客さんには大受けだった)

ディレクターから「佐川さん、あの発表、あれ0点だよ」

と打ち上げの席、みんなのいる前で言われたり。

↑ ディレクターは本気で怒ってるというより、

いちおう立場上怒らないといけなかったから怒ってる感じでした。楽しい思い出です。

 

 

今のバイト、食堂のおばさんしてる時も。

空き時間を見つけると鬼のようにやっていた掃除を

ちょっとずつやめてみて、

ある日、もう少しここの掃除やってくださいと上司に言われたり。

 

 

 

 

 

 

いろいろ経験して

なんかもう、怒られた方が早いなと思っている。

 

普通っていうのを理解したかったけど、

やっぱりよく分からなかった。

 

 

で、それならばと。どうせ普通が分からないならと。

自分を基準にして、

 

やりたくないことはやらない

やってみたいことはやってみる

 

 

を、今延々やってみている。

どのみち普通がよくわからないんだから

なら、やってみて何か言われた方が早いと。

 

 

なんというか、

それでもし怒られたら、落とし所がわかるし、

怒られないどころか、意外とうまくいっちゃうかもしれない。

結果は別にどうであれ、悔いがないし、おもしろい。

やりたいことやった先にある風景を、私は見たいだけだった。

 

 

 

 

 

普通がわからないのも

案外オツなものかもしれないなあ。