ことばのおと 〜さがちゃんの生きてる記録

「自分」という場所で、起きたことを綴っています。

何も感じられなくなってたから、血の赤さを見るしかなかった

 

高校生の頃の話。

 

その頃も今も変わらないけど、

私は力を注げるものがほしかった。

 

言い方はなんでもよくて

夢中になれるものがほしかったとか

没頭できるものがほしかったとか

やりたいことがほしかったとか、なんでもいいんだけど。 

 

まあ田舎の進学校だったので、

部活のほかは、勉強しか推奨されなかった。

 

 

 

 

勉強に大して興味なかったろうに、

不登校にもならず、あの中でよく3年過ごせたもんだ。

 

 

 

 

多感な時期で

たくさんたくさん感じてることはあったろうけど

その頃、家でしゃべらないようにしてたから、

感情を出さないうちに、ぐじゃぐじゃと自分の中でそれは絡まって、

自分がなに感じてるのかも、よく分からなくなっていった。

 

言ってみたい言葉があるのに、話したい言葉があるのに

わざと出さないようにすると、自分に麻酔がかかるのか

そのうち自分が何を感じているかも分からなくなること、この時知った。

というか単純に、感情の溜め込みすぎでパンパンになって、

もう何にも感じられませーんってなってたのかも。

 

 

 

まあ、それとは別に力はあり余ってた。

手っ取り早く、なにかに力を注ぎたかった。

 

 

そんで、自分の感じてることが分からないと

考えることもろくにできなくなるから

誰かの言う通りにするってのばっかりやってた。

 

 

 

学校の先生は大して信じてなくて

これやればセンター試験は8割とか

頭よさげな英語の長文の参考書とか、そういうのが相棒。

 

参考書がゲームの攻略本みたいに見えてた。

その通りやったらゲームクリアできる

しかも何のアイテムも取りこぼさず、1周目で完璧に、みたいな。

 

根性論みたいな、身体痛めつける系も大好きだったから

時間だけはかけて、眠いけど夜中まで勉強もした。

 

 

(それでいて自分が解いた模試の間違いとかは、パッと見て終わり)

 

 

 

何時間も勉強して、参考書も何周もしてるのに、

全然成績は上がらなかった。

 

  

  ・・・・・・( ̄▽ ̄)

 

 

 

 

 

空回りしてるのもどこかで知ってたけど

それにしがみつくことしか知らなかったし

知りたくなかった。

 

 

 

 

   

 

 

ある日の学校での授業中、

眠くて眠くて、芯の尖った鉛筆で手の甲をブスブスっと刺した。

芯の跡が残るくらい何回も刺して、血も出た。

 

 

 

それは根性論のひとつというか、

寝るな!勉強しなきゃ!って思って当時やったことだけど、

眠い自分に尖った鉛筆何回も刺してまで、

痛いって感じたかった自分もいたのかもしれない。

血の赤さを見たかった自分もいたのかもしれない。

 

麻酔がかかったような日々から抜け出したくて

とにかく感じられれば何でもよかった、みたいな。

 

 

 

なんであの頃、

あんな根性論みたいなことしてたんだろと思うけど

もう何かを感じるには、身体を痛めつけることしか

方法がなかったのかもしれない。

 

 

 

今も手の甲にうっすら残る鉛筆の芯の跡を見て

何も感じられなくなってた自分と、

そこからどうにか抜け出そうともした自分、

両方を感じている。