ことばのおと 〜さがちゃんの冒険

なんか生きづらいけど、それでも大丈夫だったと知ってゆく。そんな冒険。

時間のスケッチ 〜その場になれば、誰しも聞ける

 

「くにちゃんと一日過ごそう。の会」の中で

くにちゃんが話していたことを、またも文字起こししました。

 

 

ちなみに第1弾(前回)はこちら ↓

sagawatomomi.hatenablog.com

 

 

本題の文字起こしの前に私が何か書くと

ネタばらしにつながりそうな気もするので

自分の言葉は、今回はあとがきにまわします。

 

 

 

 

 

「その場になれば、誰しも聞ける」

 

2018.11.23

名古屋市長善寺「くにちゃんと一日過ごそう。の会」にて

 

 

橋本さん 

ぼくら小学校の時から自分の意見を言うことばっかり訓練を受けて、相手の言う言葉をそのまま覚えるということはしていないのです。それは教育の中から削除されているんだね。ちょっとよくないと。軍国主義につながるとか、天皇陛下の言葉ばっかり言うとかね。昔は朗読っていうのが必ずあって、大事な言葉を経文読むみたいに覚えたもんなんですけども。その教育はね、なくなっちゃったんです。主体性が維持できないからと言って。若い時はぼくも信じましたけど、今はどうなのだろうと思っています。

 

これ例える時にぼくいっつも言ってんだけど、例えば澤さん※と、まあ大阪遊びに来てくれて六甲行こうじゃないか、六甲って岩場の多い山ですよ。で、行ってる時に澤さんが、あ、落ちたー!滑落したー!澤さん大丈夫か!30mほど下で、足がヘンテコリンな方向に曲がって。これはダメかもしんないーー・・・と思って降りてくじゃない。澤さん、澤さん、すまんな俺が六甲に誘ったばっかりに・・・。澤さんは虫の息になりながら、いかにも体じゅう危なくて、大丈夫だ!大丈夫だ!って俺は言ってるけど虚しいわけ。したら澤さんが「くにちゃん、くにちゃん」。なんだ!なんだ!なんだ!言いますわね。「ああ、一言伝えてほしい」「彼女に、ひとこと」「有理ちゃんに、伝えてほしい」「俺には、お前だけだと」とかって言うじゃない。その時に、お前好きなんやね!?とか、言うわけないでしょ(笑)。有理ちゃんに伝えてほしいんやな!うん、うん、俺にはお前だけだと・・やね?!って言ったら「そう!」って言って死にますね。ところが、お前そんな好きやったんやね?!愛してるんやね?!って言ったら「ちょっと待ってー!!!!!!死ねないー!」みたいな感じになるじゃないか。とゆうことで、ぼくらもその場になればできるの。ところが、その場がないんだ。ほんとのこと言う場所がないんだ。おもしろいね・・・。

※澤さん→澤祐典さん(この会の主催者、澤有理さんの夫)のこと。
 

もう一つの例は、徳島に行った時に友達の家泊めてもらったらばあちゃんがおって。うち(橋本さん宅のこと)大阪ドームがすぐそばにあって、ヨン様来たことあるんですよ。ヨン様知ってる?冬ソナの。その時、あの広いドーム周辺が全部おばさんばっかりになったの。びっくり。全員おばさん。ことごとくおばさんが。ヨン様それくらい好かれてるんだね。で、そのおばあさんも80まわってるんだけどヨン様の大ファンなんです。で、色紙もらったみたいで、おばあさんいつまでも元気でねーみたいな感じでね。「おばあさんいつまでも元気でねーって書いてくれてね」っておばあさんがヨン様の写真見ながらニコニコしながら言うから、ああおばあちゃん、ヨン様、おばあちゃんに会えてうれしかったんだよねーとかって言ったら「ちがう!おばあちゃんいつまでも元気でねって言ったの!!」とかって言うから、ああそうやね、そう言うたんやね(汗)とかって。大事な人の声はそのまま聞こうとします。変えられるの嫌なんです。大事な人の言葉は体だから、その人の。

 

言葉を変更してるな。うん。やり取りはできますよ、スムーズなやり取り。ぼくらほしいのはスムーズなやり取りか?円滑なコミュニケーションがほしいんですか?どうもそうだと思われる。そうすると認知症の人とのコミュニケーション嫌だね?口数のうまくいかん緘黙(かんもく)症みたいな子どもと話すのめんどくさいな?いっつも違うことばっかり言う人なんか話したくないね?・・・んー。求めてるのは円滑なコミュニケーションだ。なんなんだ、円滑なコミュニケーションて。それよりは本当にそばにいてくれる人がほしい。ぼくの言葉よう辿らんけど、何度も何度もNさんみたいに「すいませんすいません、できません!すいません※」とかって言って、でも!一言二言は辿ってもらえた。ばっちりだ。それでうれしいね。それは自分の子どもが最初に「まんま」とかって言うのと一緒ですよ。ぼくはあのヘリコプターって言うの言えなくて、ヘッキリポーターヘッキリポーターって言ってたんだって。で、お袋がそれを直さずに、ヘリコプターでしょって言わずにヘッキリポーターヘッキリポーターっていっつも言うてくれたから、ぼく60になってもまだヘッキリポーター出てくる。で、ヘッキリポーターって言ったらいつも母親がいます。ていうことで、辿ってくれた人は中に住むようになるのです。一緒に歌ってくれたからね。

※この会の中で行ったワーク「如是我聞」の中で、相手の言葉を正確に辿れなかったNさんが、うわーすいません、もう1回言ってもらっていいですかと相手に頼む様子を指して。

 

これもよく言う例えでね、あんた(佐川)がお母さんだとしてね。でっかいマンションでお料理してると太郎くんが来ました。で、ランドセルばーん投げてね「お母ちゃん!お母ちゃん!今、下の、下の、あの」「下の砂場にこーーーーんなおっきいカナブンがおってんでーーー!!!」って言うじゃない、ね。ほんだらさがちゃんなんかはね、そーう?そーう?って。あんたなら手ぇ止めて、こんなおっきいカナブンおったのー?よかったねー、あんたおめでたい奴やな、みたいな感じで言うじゃない。したら子どもは「うん!」とかって、ばーってランドセル投げて、もっぺん取ってくるわー!って行くはずです。ところが「おかあちゃん、こっっっんなおっきいカナブンおったー!」。太郎、カナブンてそんな大きさだった?調べてごらん、とかって言ったとする。太郎くん静かだから、どうしたの?遊びに行かへんの?、「うん、ゲームしてる・・・」みたいな感じだ。たった一言で見事に呼吸を殺しました。相手はちょっと引いたわけだ。「カナブンてこんだけだったんだ・・・」。その通りだ、その通りだよ!クソ!その通りに腹立ったわけだね。こうして複雑な人格が(笑)できあがっていきます。この世の中は何も間違っちゃあいないのに、俺だけがなんだかこの世には染まねえなーみたいな感じで。悪の道にでも走ったろかい、みたいなね(笑)。使い込みのひとつもしたろか、でないと割に合わねえな!とかって。なんか妙な不安感があるんだね。おもしろいね。でも!大好きな、片思いで惚れてる男の人がね「こんなおっきいカナブンがいたんだよ」って言ったら、惚れてる時は言うじゃない。そう!ひろし!こんなに大きかったのー!とかって二人で言うんだけど、もうあの結婚したりすると、あんたそんなんより金稼ぎなさいよこらーみたいな感じで。そうするとあの、こんなおっきいのーってそのまま言ってくれるスナックのママさんとこ行ったりするわけだ。スナックのママさんなら言ってくれるからね。そうだよねーカナブンはもっと大きいよねーとかっていう。すいません、冗談半分ですけど。

 

で、こういうのは現場の日常生活の中で確認できるので確認してみてくださいませ。ぼくは大学の懇親会とかで確認しましたよ。学長とかいろいろ来てるわけだ。K先生呼んだりしたら大体飲み会しますからね。ほんでぼくの側へ寄って「橋本くん橋本くん、学生相談室どうなってるかな?」。「あの、こうこうです」。「ああ、なかなかよくやってるね」と。僕がそこで「『なかなかよくやってるね』と言っていただいてうれしいです。ありがとうございます」って言ったら「うん、そうだとも!!ほんとによくやってる!」とかいう感じでね、どんどん話してくれる。「なかなかよくやってるね」。「いや相談室として当然の仕事ですから」とか言ったら、フーンて感じになっていくんだね。ほんとにちょっとしたことで、ぼくらは一緒に呼吸合わしたり、呼吸さらったり。いいですか、言葉っていうのは意味じゃないね。呼吸だ。吐く息でかたちになってるわけですから、吐く息、呼吸を相手と交換してるわけだ。息遣い。生き、流(る)。生きることを交換してるわけで、この生きることが交換できない時は、息ができなくなるだけです。で、そういう時は、頭ではこの人大事だーと思ってるのに体が反応しなくなるのです。自分と呼吸が同じなら開きます。違った呼吸だと、ね、体が嫌がるんだね。(終)

 

 

 

 

 

【佐川のあとがき】

この中で、六甲の例え話が特にすごく好きなのです。

だから文字起こししました。

 

でも六甲の話だけ切り取っても、なんだか味わいがない。

自分が感じた臨場感とかお話の全体性とかを

文字で少しでもどうにかして伝えたいな〜と思うと

やっぱり周辺が欠かせない。

 

六甲の話を立たすためには、六甲の話だけではいけない。

 

 

昔子どものころ、砂場でよくやった棒倒し。

砂で山をある程度つくらないと、棒は立たない。

 

 

まあ、そうだよね。

くにちゃんの目が本当に好きだったとして

しかし、くにちゃんの目だけ描いても

くにちゃんの顔が他の人に伝わるわけではない。

 

 

 

文字起こししていて

くにちゃんが死んだ時のことを時々考える。

私とくにちゃんは歳がふたまわり以上違うから

くにちゃんはきっと私より先に死んでしまうんじゃないか

といつも思う。

 

なんだろうか、それがとても惜しい。

私は一人、残される感じがする。

 

 

 

くにちゃんが死ぬまでに

ちょっとでもくにちゃんと遊びたくて

だから私はこうしてせっせと言葉を聞いて

文字起こしなんてしてるのかもしれない。